『帝国憲法論』 その7

last updated: 2013-01-23

第二編 各論

第五章 帝国議会

第一節 帝国議会の組織

憲法第三十三条には「帝国議会ハ貴族院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス」と規定せるを以て、帝国議会とは貴衆両院を合併したる称なるを知るべし。 是れ我国に於ては二院制度を採用したる結果なり。 一院制と二院制の得失に付ては、之を後段に譲り、先ず貴族院及衆議院の性質并に組織に関し説明する所あらんとす。

(甲)貴族院 貴族院は国内に於る貴族、其他の高等社会を代表せしむるが為めに設けたるものなり。 従て其議員は此等の社会より出づ。 憲法第三十四条には「貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス」と規定せり。 本条は貴族院組織の大体を示したるものにして、其詳細は貴族院令に於て定むるものとす。 而して貴族院令に依れば、貴族院は左の五種の原素より成立す。

  • 第一、皇族の男子にして成年に達したるもの
  • 第二、公侯爵を有し、満二十五才に達したるもの
  • 第三、伯子男爵を有し、其同爵中より選挙せられたる者
  • 第四、国家に勲功あり又学識ある満三十歳以上の男子にして、勅任せられたる者
  • 第五、各府県に於て、満三十才以上の男子にして、土地或は商業上に付て多額の直接国税を納むるもの十五人中より、一人を互選し、其選に当り勅任せられたる者

右の中第一乃至第三は、其条件の到来すると同時に、議員となる資格を得れども、 第四第五は、勅任を待て初めて議員たるの資格を得るものなり。

(乙)衆議院 衆議院は衆庶人民を代表せしむるが為めに設けたるものなり。 従て其議員も又此等の社会より出づ。 憲法第三十五条には「衆議院ハ選挙法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス」と規定し、其選挙被選挙資格並に選挙の方法等に至ては、一に選挙法の定むる所に任せり。 蓋し此等の事は時勢の変遷と共に、多少の変更を免るる能わざるものなるを以て、憲法に於て規定すべき性質のものにあらざればなり。

選挙の資格は各国其制を異にすと雖ども、之れを大別すれば普通選挙と特別選挙との二種に帰す。 此区別は選挙資格に財産上の制限を設くると否とに依て生ず。 普通選挙と雖ども一定の年齢に達したること、及び国民分限を有すること等の制限を設くるに至ては、特別選挙と異なることなし。 現今我国及英吉利は特別の選挙の制を採り、独逸及び仏蘭西は、普通選挙の法を採れり。 而して此二者の得失に付ては種々の議論あれども、普通選挙は最も正理に近きや疑を容れず。 何となれば代議政の本旨は、総てに依て総てを支配するにあればなり。 然れども実際に於ては、普通選挙を行うは実に困難なりとす。 其故は普通選挙に於ては、下流人民の代議士勿論多数を占むべく、其結果は多数の貧民に利にして少数なる財産家に不利なる立法事業行われ、野心家其間に乗じて社会を攪乱するの恐れあればなり。 故に学者及政治家は普通選挙を実行し、然かも其弊害を除去せんことを工夫せりと云う。

衆議院に関する説明を終わるに臨み、議員と選挙区との関係に付一言せざるべからず。 元来議員なる者は、其選挙区より選出せらるるを以て、選挙区人民の代表者なるが如き観ありと雖ども、近世の学理は議員は全国の人民を代表することを認め、一地方一選挙区の代表者とは認めざるなり。 蓋し選挙区なるものは単に議員の選挙を便利ならしむるが為めに設けたるものに過ぎず。 故に議員は不覊独立其良心の向う所に従い、自由に発言決行することを得るものにして、彼の普通代理人の如く、委任者の意思に依て左右せらるるが如きものにあらざるなり。

帝国議会の組織は以上述べたる所の如し。 以下一院制及二院制の得失に付て、聊か論究する所あるべし。

現今世界に於る、各立憲国は、概ね二院制を採用し、一院制を採用せる国は僅に希臘及瑞西の各邦独逸連邦の小邦等に過ぎず。 此の如き現象を呈したるは、多少其国の歴史に関係することなきにあらずと雖ども、主として二院制は一院制より其利益多きが故なり。 蓋し一院制を採て人民の選出せる議員のみを以て之を組織するときは、其議員は自己を選出せる一地方人民の利益を計ることに汲々たるべく、仮令然らずとするも、少くとも国民各個の利益となることのみを主張するに至るべし。 然るに(注1)国家は仮令に人民の利益とならざるも、間接に人民の利益となるべき事業、例えば軍事外交等の如きに至ては、人民之を好まざるも、十分に其事業を拡張せざるべからず。 此時に当て人民直接の代表者のみをして此事を議せしむるときは、人民直接の利益に反対するを理由として、其事業を拒絶するの恐れなしとせず。 是を以て人民の代表に出でず、国家全体の代表を以て自ら任ずる他の一院を設くるの必要あり。又正当なる代議制度を組織するには、一国人民中に存在する各原素をして、其軽重強弱に応じて相当の代表者を出さしめざるべからず。 然るに選挙に出づるときは、単に多数者のみ選出せられて、而かも一国の要用なる部分よりは、却て其代表者を出さざることあり。 即ち大地主の如き、或は華族の如き、或は智識に於て優りたるものをして代表者を出すこと能わざるしむ。 是に於てか別に一院を設けて、是等の諸原素をして国家の事業上に意見を現わすことを得せしむるなり。 右二箇の理由の外尚一議事体なるときは、恰も一己人の如く一時の激情の為め前後の弁えなくして、甚だしき失計に堕ゆることあるのみならず、其院に於ける有力者は容易に議会を左右して擅恣(注2)横行を為すの場合なきにあらず。 此等の弊害を防止するには、其組織を異にせる所の二院を置き、同一事件に付再び議決せしむるの外、他に道なきなり。 是れ現今各立憲国に於て、一院制を採用せずして二院制を採用せる所以なり。

憲法第三十六条に依れば、何人も同時に両議院の議員たることを得ず。 故に若し一人にして両議院の議員に選ばれたるときは其一を取て他の一を捨てざるべからず。 但し其取捨は其人の自由なり。 是れ蓋し一人にして二院の議員を兼ぬるときは、其結果は二院の制度を設けたることに反して一院制たると同一の結果を呈することあるべければなり。 故に二院制を採用する国に於ては、何れも皆此規定を設けざるはなし。

第二節 帝国議会の開閉

第一、議会の召集
議会の召集とは、勅令を以て一定の場所に議員を集合し、以て議会を成立せしむるを云う。 議会に臨時会及通常会の二種ありと雖ども、之を召集するは天皇の大権に在ることは、憲法第七条の規定に依て明なりとす。 然るに憲法第四十一条に於て、特に「帝国議会ハ毎年之ヲ召集ス」と規定せるは、蓋し議会の成立を確保せるものに外ならず。 故に帝国議会は、毎年必ず之を召集せざるべからず。 若し万が一之を召集せざるが如きことあるときは、其所為は違憲にして、国務大臣は其責を逃るる能わず。 而して議会を召集するの時期に至ては、憲法上別に制限なきを以て、何時之れを召集するも違憲にあらず。 又召集の度数に至ては、一ヶ年一度を以て通例となすも、臨時緊急の必要ある場合に於ては、臨時会を召集することあるべし。 是れ憲法第四十三条第一項の規定する所なり。
二、議会の開会
議会の開会とは、議会が正常に運動を為すことを告ぐる所の一の方式なり。 故に議会の召集ありと雖ども、開会なき間は議会は正常に運動を為すを得ず。 従って開会以前に為したる議決は無効なり。 議会の開会は天皇の大権にあることは、憲法第七条の規定に依て明なりとす。 議院法第五条に依れば、両議院成立したる後勅命を以て開会の日を定め、両議院の議員を貴族院に会合せしめ、開院式を挙行せらるるものなり。
第三、議会の会期
憲法第四十二条には「帝国議会ハ三箇月ヲ以テ会期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ」と規定せり。 本条は通帝会の会期に付て規定せるものなり。 蓋し会期の短きに過ぐるときは議事粗漏に流るるの弊あり、長きに過ぐるときは、議事遷延に亘るの憂あり。 憲法は其中庸を採りたるものと云うべし。 会期は之を短縮することを得ざれども之を延長することを得べし。 但し之を延長するには勅命を以てすべく、議会自身に於て為すことを得ず。 臨時会の会期は、憲法第三十三条第二項に規定せり此規定に依れば臨時会の会期は臨時召集する所の勅命を以て之を定むるものなり。 蓋し臨時会は臨時緊急の必要ある場合に於て、召集するものなるを以て、其議すべき事項は一定せず。 従って其会期の如きも、其時の必要如何に依て伸縮するの自由を与うるものなり。
第四、議会の会議
憲法第四十八条には「両議院ノ会議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得」と規定せり。 公開とは衆庶をして議事を傍聴せしむるを云う。 蓋し議会は衆庶を代表する者なるが故に、討論の可否之を衆庶の目前に於てするは、極めて其責を得たる者なり。 何となれば選挙人代議士に命令訓示を為すことを得ず、単に其人を信じて選出せるものなるが故に、常に選挙選出の職場に於る挙動に注目し、其信用に背かざるや否やを見るの必要あればなり。 加之会議を公開せざるときは、輿論は議員の行為を監督する能わず、政府議員互に一致して時に悪事を為すの弊なきにあらず。 是れ其会議を公開せざるべからざる所以なり。 然れども外交事件又は治安に関する行政法を議する等の場合に於て、衆庶の傍聴を許すときは、却て不都合の結果を生ずることあり。 此の如き場合には其傍聴を禁じ、秘密会と為すことを得べし。 是れ本条但書の存する所以なり。
両議院は各々其総議員三分の一以上出席するに非ざれば、議事を開き議決を為すことを得ず。 又両議院の議事は過半数を以て決す。 可否同数なるときは議長の決する所に依る。 是れ憲法第四十六条第四十七条の規定する所にして、別に説明するを要せざるなり。
第五、議会の停会
議会の停会とは、議会の議事を為すことを一時中止せしむるを云う。 停会を命ずるは天皇の大権にあることは、憲法第七条の規定する所なり。 故に議会は自ら停会することを得ず。 仮令議会自ら議事を中止することあるも、之を称して停会と云うことを得ず。 議院法第三十三条には「政府は何時たりとも十五日以内に於て議院の停会を命ずることを得」と規定せるを以て、停会の期間は十五日を超過することを得ず。
第六、議会の休会
議会の休会とは、議会が其便宜の為めに、自ら議事を中止するを云う。 其停会と異なる点は、停会は天皇の命ずる所なれども、休会は議会自ら之を為す。 又停会中は議会の議事を行うことを得ざるのみならず、議会として職務を行使することを禁止せらるるものなるが故に、停会中の行為は総て無効なり。 休会は之と異なり、議会の職権を停止するものにあらざるが故に、休会中に委員会を開き、法律上有効なる議会の職権を行使することを得べし。
第七、議会の解散
議会の解散とは、時期に拘わらず当時の代議士の職を解き、選挙民をして更に改選せしむるを云う。 元来議員は四カ年を以て任期とするを以て、其期を過ぐるときは自ら其資格を失うものなれども、解散は其任期を短縮するものなり。 而して解散は衆議院のみに行われ、貴族院に行われず。 是れ蓋し貴族院は永久的の性質を有するものにして、解散すべきものにあらざればなり。 解散の性質に付き一言せざるべからず。 西洋各国に於て、立憲政治の基礎未だ堅からざる時代に在ては、議会政府相衝突せるときは、政府は議会の不遜を罰するの意を以て、解散を命じたることあり。 即ち懲罰的解散なるもの往々行われたることありと雖ども、現今各立憲国に於ては所謂立憲的精神を以て之を行い、懲罰的精神を以て之を行うことなし。 蓋し解散は、内閣が直接に人民に対して議会の挙動の是非を訴え、人民の判決を求むる方法にして、其所謂判決とは即ち総選挙なり。 故に総選挙の結果政府党多数を占むるときは内閣の勝訴となり、非政府党多数を占むるときは内閣の敗訴となる。 解散の性質此の如くなるが故に、解散は妄りに之を行うべきものにあらず。 例えば勝算の見込なき場合、又は同一問題に付て屡々解散を行うが如きは、解散を濫用するものにして、所謂非立憲的行為なりと云わざるべからず。 然り而して解散を行うの権利は、天皇の大権に在ることは、憲法第七条に規定する所なれども、天皇は内閣の奏請に依て之を行うものなるが故に、其結果内閣の敗訴に帰したるときは、内閣員は其責任を負担せざるべからず。 解散を行うて其目的を達すること能わず、依然として其職に在るが如きは、其職責を知らざるものと謂うべし。
第八、議会の閉会
議会の閉会とは議会の成立を解散し、其運動を止めしむるを云う。 議会は開会に始まり閉会に終る。 而して閉会を命ずるは天皇の大権に在ることは、憲法第七条の規定する所なり。 閉会と停会との区別に付き一言せざるべからず。 閉会は議会の存立を解くものなるが故に、議案央ば議決したる場合に於て閉会を命ぜらるるときは、其議決したる部分は効力を失い、次の開会の時には更に初めより議決せざるべからず。 停会は之に反し議会の職権を一時中止せしむるものなるが故に、已に議決したる部分は効力を有し、停会を終りたる後再び議決するを要せざるなり。

第三節 帝国議会の職権

憲法上に於る帝国議会の職権を区別するときは九種となる。 以下順次之を論述せん。

第一、法律案の議決及提出権
「天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ」とは憲法第五条の規定する所なり。 又「凡テ法律ハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス 」とは、憲法第三十七条の規定する所なるが故に、立法の事は其大小如何を問わず、凡て帝国議会の協賛を経ざるべからず。 而して憲法第三十八条には「両議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得」と規定せるを以て、議会が法律案を議決し、及之を提出するの権利を有することは論を俟たず。 法律案を提出するは、政府及両院が格別に有する所の権利にして、政府に於て法律案を起草し、両院に提出するときは両院は之を可否修正し甲院に於て法律案を提出するときは乙院之に同意し、又は修正したる後天皇の裁可を待て初めて法律となる。 蓋し法律案提出の権利にして議院のみに存するときは、議院は実際を見ること政府の如くならざるが故に、時世に適当せる法律を制定すること難く、又政府のみに存するときは、議会は政府の過失怠慢を補うことを能わざるべし。 故に両者に法律案提出の権利を与えたるは、最も至当のことと謂うべし。 而して憲法第三十九条に依れば、両院の一に於て否決したる法律案は同会期中に於て再び提出することを得ず。 是れ蓋し同会期中に於て再三同一の議案を提出するときは、徒らに会期の遷延を来すの弊あるのみならず、議会の権利を無視するの嫌あればなり。
第二、建議権
憲法第四十条には「両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付キ各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同会期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス」と規定せり。 建議とは、議員自ら其意見又は希望を表白し、政府に対して注意を与うるを云う。 而して其建議すべき事項に関しては、憲法上別に制限する所なきを以て、凡そ政府に属する事は上は憲法の改正天皇の大権に属する事より、下は軍事、外交、教育等の一国政略に関する事、其他些細なる行政上の事に至る迄、一として建議を為し得ざるものなし。 議会が法律に関し建議することを得るに付ては、一言の説明なかるべからず。 蓋し議会は自ら法律案を提出するの権利を有するを以て、別に法律の事に関し建議するの必要なきが如しと雖ども、或る場合に於ては議員自ら法律案を起草するときは、繁雑にして甚しき不便を感ずることあり。 此の如き場合に於ては、其意思を政府に通知し、政府をして法律案を起草せしむるを便利なりとす。 是れ議員も法律案提出の権利あるに拘わらず、尚之に建議権を与たる所以なりとす。 而して建議なるものは、之を採納すると否とは全く政府の自由なり。 又政府が議院の建議に依り法律案を起草したるも、議院は必ずしも之に同意するを要せずるなり。 又同会期中に於て同一事項に付再三建議することを得るとせば、紛議強迫に渉るの恐れなきにあらざるを以て、憲法は之を許さず。
第三、上奏権
憲法第四十九条には「両議院ハ各々天皇ニ上奏スルコトヲ得」と規定せり。 上奏は建議と同じく、両議院が各々其意見又は希望を表白する場合に於て用ゆる方法なりと雖も、其建議と異なる点は建議は政府に対して之を為し、上奏は天皇に対して之を為す。 而して上奏は、議会開会閉会の勅語に対する答弁、又は外交軍務の如き天皇の大権に属することに付て之を為すを通例とすと雖ども、行政権を監督するが為に亦此を用ゆるものなり。 外国の憲法に於いては議会に大臣を弾劾するの権利を与えたるものありと雖も、我憲法に於て此の如き規定なきを以て、議会は上奏権を用いて之を監督するの外他に其途なきなり。
第四、請願を受くるの権
憲法第五十条には「両議院ハ臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ得」と規定せり。 請願は、元来苦痛の救済を乞うを以て主眼とするものなれども、今日に於ては如何なる建議建白にても、皆請願の方法に依て之を為すを得べし。 而して両院に於ては請願委員の設けあるを以て、請願を受けたるときは各其委員をして之を調査せしめ、其中に於て院議に付すべしと決したるものを議会に報告せしめ、議会之を議決し、援用すべしと決するときは、議長の名を以て之を政府に回送し、又は政府に回送せずして、議会自ら之を以て立法の端緒とす。 政府に回送せる請願書に付ては、議員は其報告を求むることを妨げず。 請願に関しては、議院法第十三章に詳細なる規定あるを以て就て見るべし。
第五、内部を整理するの権
憲法第五十一条には「両議院ハ此ノ憲法及議院法ニ掲クルモノヽ外内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得」と規定せり。 其規則とは、議長及び委員の推薦、各部の設立、議事規則、請願取扱規則等の類を云う。 此等は憲法及議院法に抵触せざる限りは、議院の議決を以て自由に之を定むることを得。 而して其規則は院内に於て其効力を有し、各議院一箇人を箝束する効力あるも、一般人民に対して其効力なし。 是れ法律命令と其性質を異にすればなり。
第六、憲法改正案を議するの権
憲法を改正するには之を議会の議に付せざるべからざるは、憲法第七十三条に規定せり。 其説明は第十章に譲る。
第七、緊急勅令事後承諾の権
天皇は緊急勅令を発したるときは、次の会期に於て議会に提出し、其承諾を求めざるべからざることは、第二章第五節に説明せる所の如し。
第八、予算案の議決権
議会は予算案を議決するの権利を有することは、憲法第六十四条に規定せり。 其説明は第九章第三節に譲る。
第九、財政上の協賛権
国債を起し及予算に定めたるものを除くの外国庫の負担となるべき契約を為すには、議会の協賛を経ざるべからず(第六十二条第三項)。 之を議会が財政に有する協賛権と云う。 其説明は第九章第二節に譲る。

以上は帝国の憲法上に規定せる議会の職権なるが、尚議院法の明文に依るときは、議会は左の職権を有す。

  • (一)政府に対して質問を為すの権
  • (二)議員の資格を審査するの権
  • (三)議員の請暇及辞職を許可するの権
  • (四)議員を懲罰するの権

其詳細は議院法を参照すべし。

第四節 国会議員の権利

憲法上に於て国会議員の権利と見るべきものは、左の二種とす。

第一、言論自由の権利
憲法第五十二条には「両議院ノ議員ハ議院ニ於テ発言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演説刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布シタルトキハ一般ノ法律ニ依リ処分セラルヘシ」と規定せり。 蓋し言論の自由は議会の独立及び議員の自主を完うせしむるが為めに、尤も必要なるものにして、此権利なきときは、議員は左顧右眄して其意見を完全に表白すること能わざるべし。 此権利を得るが為めに英国議会が、如何なる辛酸を嘗めたるやは、英国憲法史を繙かば詳に知ることを得ん。 議員は此権利あるが故に、議会に於て発言せる言論にして刑法に触れ、又は他の法律の制裁を受くべき性質のものなるも、院外即ち司法裁判所若くは行政府の関渉を受けざるなり。 而して此自由は各院の会議のみならず、其部会並に委員会にも亦之を適用す。 然れども議員にして、此権利を濫用して他人を誹損する等のことあるときは、議院の規則に依り議院自ら之を制止し、又は之を懲戒することあるべし。 又議員にして自ら其言論を院外に公布したるときは、素より一般の法律に依り、処分せらるべきは当然なりとす。
第二、身体自由の権
憲法第五十三条には「両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルヽコトナシ」と規定せり。 議員に身体の自由を与うるは、行政権に対し立法権の独立を完うし、議員をして十分に其職務を尽さしむるに在り。 若し何時にても議員を逮捕することを得るとせば、行政官は警察官をして、己れに反対する議員をほしいままに(注3)捕縛せしめ、其不在なるに乗じて、重要なる問題を議決するの弊害あればなり。 然れども、現行犯罪を捕縛するは、政府が斯る策略の為めにするものにあらざること明白にして、其内乱外患に関する犯罪は、之を猶予するときは、国家の危害を招くことあるが故に此二箇の場合は先ず逮捕して而して後に議院に通知し、其他の場合に於ては議院の承諾を得て而して後に逮捕すべし。 其承諾は議長一人にて之を与うるか、又は議院の議決を以て之を与うるかは、議院の択ぶ所に任す。 而して政府が悪意を以て逮捕するにあらざる以上は、其逮捕せらるる者の罪の有無は之を問わずして、承諾を与うるは穏当なりとす。 何となれば本条の精神は立法権の独立を維持するにありて、其罪を決する為めにあらざればなり。議員に此権利あるは議院会期中に限る。 会期中とは開会後閉会前を云うなり。

第五節 国務大臣及政府委員が議会に於る発言権

憲法第五十四条には「国務大臣及政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及発言スルコトヲ得」と規定せり。 英国に於ては、大臣は議員の資格を以て議場に臨むが故に、斯る規定を要せざるも、我国に於ては国務大臣及政府委員は、大臣たり委員たるの資格を以て議場に臨むが故に、此規定を設くるの必要あり。 何となれば国務大臣は議院の議決を執行するに付責任を有するが故に、之を議定するに先ち自身又は其代表者を出して十分に其意見を述べしめざるべからず。 而して本条には何時にても発言することを得とあれども、議院法第四十八条に依れば、議員の発言中は発言することを得ずとの制限あり。 又大臣及委員は討論終結後に発言することを得るや否やに付ては、第一議会に於て一問題となりたることありしも、本条の規定あるを以て見れば、討論終結後と雖ども発言の権ありと云わざるべからず。 但し討論終結後に於て大臣又は政府委員発言するときは、討論終結の動機は自然に消滅し、議員は引継て討論を為すことを得と云うを以て正当とす。

脚注

(1)
原文では「然れに」と表記されている。
(2)
専恣 とは - コトバンク。原文では「檀恣」と表記されている。
(3)
擅 とは - コトバンク。原文では「檀に」と表記されている。