『帝国憲法論』 その9

last updated: 2013-01-23

第二編 各論

第七章 枢密顧問

枢密顧問は、天皇の諮詢を待て其意見を上奏するの職務を有するものにして、国務大臣の如く自ら進んで一定の事項を議決し、又は行政の実際に関与することを得ず。 憲法第五十六条には「枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス」と規定せり。 故に枢密顧問は、憲法上の職権を有し、憲法を変更せざる間は、天皇は枢密院の制度を廃止し、又は其諮詢を要する場合に之を諮詢せざることを得ず。 唯憲法は其諮詢を要する場合を枢密院官制に譲り、而して其官制は、専ら天皇の大権に依て成立するものなるが故に、天皇は自由に諮詢を要する場合を増減することを得べし。 然れども、一旦官制に依り、其場合を定めたる以上は、天皇は憲法の条規に依り統治権を行うの結果として、必ず枢密院の職権を認めざるべからず。 枢密院官制第六条に依れば、枢密院は左の事項に付、諮詢を得て会議を開き、其意見を上奏するものとす。

(一)
皇室典範に於て其権限に属せしめたる事項
(二)
憲法の条項又は憲法に附属する法律勅令に関する草案及議決
(三)
憲法第十四条戒厳の宣告同八条第七十条の勅令及其他懲罰の規定ある勅令
(四)
列国交渉の条約及約束
(五)
枢密院の官制及事務規程の改正に関する事項
(六)
前諸項に掲ぐるものの外臨時に諮詢せられたる事項

右最後に掲げたる事項に付ては、諮詢すると否とは全く天皇の自由に在れども、一乃至五に掲げたる事項に付ては、天皇は必ず諮詢を経て之を外部に発表せざるべからず。 若し其諮詢を経ざるときは、其行為は間接に憲法違反の結果を惹起するものなり。 然れども諮詢とは、元来他人の意見を問うものにして、諮詢に答うるは意見を上奏するに過ぎず。 故に其意見の採否は、専ら天皇の聖裁に出て、天皇は之に覊束せらるることなし。 是れ枢密院は一種の諮詢機関にして、議決機関にあらざればなり。