『帝国憲法論』 その12

last updated: 2013-01-23

第二編 各論

第十章 補則

憲法第七章は、補則と題し、憲法及皇室典範の改正に現行法令の効力に関して規定せり。 以下順次論述すべし。

第一憲法の改正
抑も憲法は国家根本の組織を定めたるものなるが故に容易に之を変更するの不可なるは素より言を俟たずと雖ども、世運の変遷と共に其条項を変更するの必要生ずるは、又已むを得ざることにして、如何に厳重なる方法を設けて其変更を妨げんとするも、到底其効なきなり。 是を以て何れの憲法国と雖ども、憲法改正の手続きを設けざるはなし。 吾憲法は、天皇の欽定し玉いたるものなるが故に、改正の権は独り天皇に属し、帝国議会は改正の上奏を為し得るも、改正案を提出することを得ず。 但し是を改正するには、勅命を以て議案を帝国議会に提出し、其協賛を経ざるべからず。 而して議会に於て其議決を為すに付ては、総議員三分の二以上出席するにあらざれば、議事を開くことを得ず。又出席議員の三分の二以上の多数を得るにあらざれば、改正の議決を為すことを得ず(第七十二条)。 是れ通常立法の手続きと異る所にして、特に憲法改正の手続きを鄭重にしたるなり。 又憲法は摂政を置くの間は之を変更することを得ず(七十五条)。 是れ摂政は天皇の名にて大権を行う者にして主権者にあらず、主権使用の任に当る一の代理者なり。 故に主権の本体を定むる憲法改正するを許さざるなり。
第二、皇室典範の改正
皇室典範は皇室一家の規則にして、君民間の権利義務を定むるものにあらず。 是を以て典範を公布して人民に知らしむるの必要なく、又之を改正するに付ても帝国議会の議を経るを要せざるなり(第七十四条第一項)。 但し典範を以て直接間接に憲法を改正するが如きことあるときは、憲法の基礎を危うくし従て臣民の権利を薄弱ならしむる恐あるを以て、第七十四条第二項には「皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ条規ヲ変更スルコトヲ得ス」と規定せり。 故に二者相衝突せる場合生じたるときは、憲法を以て有効とせざるべからず。 次に典範と法律との関係如何と云うに、典範は公布したるものにあらざるを以て、裁判官及人民は遵由の義務を有せず。 故に典範に掲ぐる個条にして普通法律の例外規則を定め居るも、之を法律に掲げざる間は、裁判官及人民に対して効力を生ぜざるものとす。 又典範は、摂政を置くの間之れを変更することを得ず(第七十五条)。 是れ摂政は大権の使用者なるを以て、皇室の家法を変更するを許さざるなり。
第三、現行法令の効力
茲に現行法令と称するは、憲法実施の当時に於て効力を有したる凡ての法令を云う。 抑も維新以降、法令の名称を異にせることは挙て数うべからず。 明治十九年二月、勅令第一号公文式を以て、始めて法律命令の名称を区別せるも何をか法律と云い、何をか命令と云うかに至ては、未だ一定の標準を有せず。 又当時元老院は立法の府なりと云いしも、法律にて議院の議に付せざるものあり。 勅令にして議院の議に付したるものあり。 其権限一定せず。 之を要するに、憲法施行前に在ては、法律と命令とは其名を異にして其実を同うするものにすぎず。 故に其名称の異なるに、依て素より其効力に軽重の区別なし。 之を軽重するを得るは、憲法施行以降議会開会の時に在り。 然るに一々憲法の定むる所に依り、其名称を糺すが如きは、無用の労たるを免れず。 是れ憲法第七十六条第一項に於ては、「法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス」と規定せる所以なり。 憲法施行前に発布したる法令にして、憲法施行後之を改正せんとする場合には、如何なる名称を用ゆべきかと云うに、仮令命令の名称を以て発布したるものと雖ども、憲法に於て法律たることを必要とするものは、法律を以てするにあらざれば、之を改正することを得ず。 之に反して、法律の名称を以て発布したるものにても、憲法にて法律たることを必要とせざるものは、命令を以て変更するを得べく、特に法律を以て改正するの必要なし。 故に憲法実施前に発布したる法令を改正するには、其名称如何に拘泥せず、憲法に於て法律たることを要するや否やを以て、之を決するの標準となさざるべからず。

帝国憲法論 終