『比較国会論』 その7

last updated: 2013-01-23

第四章 国会の召集、開会、停会、閉会及び解散

一、英吉利国会、 英国の国会を召集し開会し閉会し及び庶民院を解散するは国王の特権に属す、 召集の時期に付ては別に定むる所なしと雖も通例毎年二月中旬之を召集し八月中旬に閉会す、 現行法律は少なくとも三年に一回国会を召集せざるべからざることを規定すれども歳入歳出案其他緊要なる法律を議せしむるの必要よりして毎年一回必ず之を召集す是れ歳出入案は一年の期限を以て定めらるるものなるが故に国会を召集せざれば政府は収入支出を為すことを得ず国家の機関は其運転を中止せざるべからざればなり、 又国王は何時にても臨時国会を召集することを得べし庶民院解散に関する習慣は英国の政治的習慣中尤も著しきものにして英国の憲法政治が円滑に行わるるは全く此習慣が確定せるが故なり、 即ち政府が庶民院を解散する場合は庶民院に於て政府不信任の決議を為したるとき又は政府提出の重要なる議案を否決したるときにして、此場合に於ては内閣は総辞職を為すか又は庶民院を解散するか此二箇の方法より外に出づることを得ず、 而して庶民院を解散したる場合に於て選挙の結果政府党議院多数を占むるときは内閣大臣は依然として其職に留まるを得れども若し之に反して少数なるときは内閣大臣は必ず総辞職を為さざるべからず、 引続き二回の解散を為すが如きは習慣の決して許さざる所なり、 総辞職の習慣は千七百八十二年ノース内閣の庶民院に於て信任欠乏の議決を為されたるとき初めて其例を発したるものにして爾来今日に至るまで確固として動くことなく、 所謂政党内閣なるものの存立を見るに至れり。

二、合衆国国会、 合衆国の国会は憲法に定めたる一定の期日に於て自ら集会す、憲法は毎年十二月第一の月曜日を以て国会の期日と定むるが故に此期日には召集を待たずして集会せざるべからず、 然れども之と同時に憲法は法律を以て此期日を変更するの権利を国会に与うるが故に国会は此権利の行使に依て開会期日を変更することを得べし、 大統領は通常議会を召集するの権利を有せず、唯必要と認むるときは臨時議会を召集することを得べし、 臨時議会には必ずしも両院を召集するを要せず一院のみを召集することを得べし、 両院は何時にても各自三日を超えざる期間休会を為すことを得、 然れども三日を超ゆる休会を為さんと欲するときは両院の合意あることを要す、若し休会の期間に付て両院其議を異にすることは大統領は適当と認むる期間休会を命ずることを得べし、 開会の期間に付ては何等の制限なきが故に両院は何時にても閉会することを得、 又憲法は大統領に停会及び解散の権利を与えざるが故に合衆国の国会には停会及び解散なるものなし。

三、独逸国会、 独逸国会を召集し開会し停会し閉会し及び代議院を解散するは皇帝の特権に属す、 皇帝は毎年一回通常議会を召集せざるべからず、又必要と認むるときは何時にても臨時議会を召集することを得べく、参議院議員三分の一以上の請求あるときは其院を召集せざるべからず、 開会の期間に付ては憲法上の制限なきが故に皇帝は自由に之を定むることを得べし、 臨時議会には必ずしも両院を召集するを要せず、参議院に特別なる職務を処理せしむるが為めに其院のみを召集することを得、 然れども参議院なしに代議院のみを召集することを得ず、 代議院の停会は三十日を超ゆることを得ず、又同会期中に於て再度の停会を命ずることを得ず、 但し其院の同意あるときは二回以上及び三十日以上の停会を命ずることを得べし、 皇帝は単独にて代議院を解散するの権利を有せず、必ず参議院の同意を得ざるべからず、 故に参議院不同意を与えて代議院の解散を拒くことを得べし、又代議院を解散したるときは六十日以内に選挙を行い九十日以内に之を召集せざるべからず。

四、仏蘭西国会、 仏蘭西国会は憲法に定めたる一定の期日に於て自ら集会す、 憲法は毎年一月第二の火曜日に集会せざるべからざることを規定す、 然れども之れと同時に憲法は大統領に此期日以前に国会を召集するの権利を与うるが故に、大統領が此権利を行使して法定期日以前に国会を召集するときは之れに応ぜざるべからず、 大統領は必要と認むるときは何時にても臨時国会を召集することを得べく、 又各院議員の絶対的多数の要素あるときは之を召集せざるべからず、 通常国会は少なくとも五ヶ月間継続せざるべからず、又国会の開会及び閉会は両院同時に之を行うべく各院各別に之を行うことを得ず、 大統領は何時にても停会を命ずることを得れども其期間は一ヶ月を超ゆることを得ず、 又同開期中二回以上之を命ずることを得ず、 大統領は元老院の同意を得て代議院を解散するの権利を有す、代議院を解散したるときは二ヶ月以内に選挙を行い、選挙後十日以内に之を召集せざるべからず。

五、日本国会、 国会を召集し閉会し停会し及び衆議院の解散を命ずるは天皇の特権に属す、天皇は毎年一回国会を召集せざるべからず、 又必要と認むるときは何時にても臨時会を召集することを得べし、 通常会の会期は三ヶ月なれども、必要ある場合には勅令を以て之を延長することを得べし、 臨時会の会期は勅令に依て之を定む、国会の開会、閉会、会期の延長及び停会は両院同時に之を行うべく各院時を異にして之を行うことを得ず、 憲法は停会の期間を規定せざれども議院法は之を十五日以内に之を制限せり、 但し回数の制限なきが故に同会期中に於て引続き幾回にても之を命ずることを得べし、 天皇の衆議院解散権は、憲法上何等の制限を受けず、又之に関する憲法的習慣の見るべきものなし、 衆議院を解散したるときは新に選挙を行い五ヶ月以内に之を召集せざるべからず。

六、伊太利国会、 国会を召集し閉会し停会し代議院を解散するは国王の特権に属す、 国王は毎年少くとも一回国会を召集せざるべからず、 又必要あるときは何時にても臨時議会を召集することを得べし 憲法は国会の会期を規定せざるが故に国王は自由に之を定むることを得べし、 国会の開会及び閉会を両院同時に之を行わざるべからず、 一院のみの開会は不法にして其議決は無効たるべし、停会の期間及び回数に付ては何等の制限なし、 代議院を解散したるときは新に選挙を行い、四ヶ月以内に之を召集せざるべからず。

七、瑞西国会、 瑞西大統領は国会の閉会に関して何等の権利を有せず、国会は召集なくして自ら集会す、 憲法は毎年一回通常会を開くべきことを規定すれども今日の実際に於ては毎年六月と十二月に通常会を開き、必要あるときは臨時会を開く、 臨時会は(一)連邦評議会の議決あるとき、(二)連邦中五州の要求あるとき、(三)代議院議員五分の一の要求あるときに於て之を開く、 国会の停会及び解散なるものなし。

八、比較論、 以上述べたる所に依れば、 国会の集会には三ヶの異なりたる主義あることを知るべし、即ち一は独立主義、二は制限主義にして、三は折衷主義なり、合衆国及び瑞西は独立主義を採り、英吉利、日本及び伊太利は制限主義を採り、独逸及び仏蘭西は折衷主義を採る、 合衆国及び瑞西の国会は行政部より全く独立して存在を保ち其集会に関して行政部の関渉することを許さず、自ら集会し自ら閉会し行政首長は停会及び解散を命ずるの権利を有せず、 之に反して英吉利、日本及び伊太利の国会は憲法に於て其存立を保証せらるるも其職務を行うには行政首長は一旦集会を命じたる後に於ても停会又は解散に依て其職務の執行を妨ぐることを得べし、 独逸及び仏蘭西は此二主義を折衷したるものにして、前者は制限主義に傾き後者は寧ろ独立主義に傾きたるものと云うべし、 独逸国会は皇帝の命令なければ集合するを得ざれども、 一たび集会を始めたるときは皇帝は単独にて之を中止することを得ず、 停会を命ずるの権利を有すれども三十日を超ゆることを得ざるが故に、 此期間を過ぎたるときは国会は自ら集会することを得べし、又再度の停会は違憲なるが故に国会は之に服従するの義務を有せず、 解散は参議院の同意なきときは之を行うことを得ず、又仏蘭西国会は命令を俟たずして自ら集会するの権利を有すれども、 大統領は停会権の行使に依て之を中止することを得べし、 又元老院の同意を得たるときは解散権を行使して代議院議員の職を奪うことを得べし。 国会の集会に関して此の如き差異を生じたるは、政体の異なるより起りたるものなり、 合衆国及び瑞西は共和国なるが故に、立法部を監督すべき行政首長の地位を認めざれども、 英吉利、日本及び伊太利は君主国なるが故に、君主は歴史上の理由に依りて尚お立法監督権を保持す、 独逸は君主国なりと称すれども独逸皇帝の地位は他の君主国の君主と大に趣を異にするものあり、 皇帝の地位は憲法の創設物にして此点に付ては大統領と選ぶ所なく、 憲法上に於ける皇帝の権利は君主の権利にあらずして寧ろ大統領の権利なりと云うべし、 又仏蘭西は共和制なりと雖も仏国大統領の地位は君主の地位と大に類似せる所あり、 或る学者が独逸皇帝は世襲に因る大統領にして大統領的君主なり、 仏国大統領は選挙に因る君主にして君主的大統領なりと云いしは、 此二者の地位を説明するに付て幾分の真理なしと云うべからず、要するに此二ヶ国の行政首長は君主と大統領との中間に位せることは国会の集会に折衷主義の現れたる所以なるべし。