『比較国会論』 その10

last updated: 2013-01-23

第七章 国会議員の権利

第一章 言論自由の権利

一、英国国会議員は院内に於て完全なる言論の自由を有す、故に議員は院内に於て為したる言論に於て法律上の処分を受くることなし、 然れども其言論を院外に公にしたるときは之に対して普通法上の処分を受けざるべからず、 英国国会議員の言論自由権は昔時屡々争議の種と為れり、 千三百九十三年、ハクレーと名のる(注1)議員は王室費を消滅すべき議案を提出して叛逆罪の宣告を受けたることあり、 又ヘンリー八世の時ストロールドと名くる議員はコンオール地方の穀物事件に関して或る議案を提出し禁獄の刑に処せられたることあり、 其他議員の言論が国王の意に適わざりし為め刑罰を受けたる例甚だ多かりしが、遂に千六百八十九年権利法典の制定に依て言論の自由は全く確保せられるるに至れり、 同法典第一条第九項は次の如く規定せり、 議院に於ける言論の自由討議及び議事手続は議院の外に在りて裁判所其他何等の場所に於ても告訴又は質問せらるることなし。

二、合衆国憲法第一条第六節には「両院議員は其院に於て為したる演説及び討論に付て院外に於て責問せらるることなし」と規定せるを以て議員の言論自由は此規定に依て充分確保せらる、 院外に於て責問せらることなしとは、裏面には院内に於て責問せらるることあるを包含するものなるが故に、議院は自己の権利を以て議員を懲罰することを得べし。

三、独逸憲法第三十条は、「代議院議員は何れの場合に於ても其の評決若くは職務を執行するが為めに陳述したる言論に対して法律上の告訴を受くることなく又院外に於て其責に任ずることなし」と規定せるを以て代議院議員の言論自由は此規定に依て充分に確保せらる、然れども憲法は参議院議員に関して何等の規定を設けざるが故に参議院議員は言論の自由を有せず、之れ屡々述べたる如く参議院議員は各州より派遣する官吏にして所属政府の訓令に拘束せらるるものなるが故に其言論に付ても政府の監督権に服従せざるべからず。

四、仏国憲法(千八百七十五年七月十六日公権に関する法律)第十三条は、 「両院議員は其職務の執行中に於て陳述したる意見及び表決に付て告訴せられ又は責任を負わさるることなし」と規定せるを以て議員の言論自由は此規定に依て確保せらる。

五、日本憲法第五十二条は「両議院の議員は議院に於て発言したる意見及び表決に付き院外に於て責を負うことなし但し議院自ら其言論を演説刊行筆記其他の方法を以て公布したるときは一般の法律に依て処分せらるべし」と規定せり、言論自由の保障は尽せりと云うべし。

六、伊太利憲法第五十一条は両院議員は院内に於て陳述したる意見及び表決に付き院外に於て其責に任ずることなしと規定せり。

七、瑞西憲法は議員の言論自由権に付て何等の規定を設けず。

八、国会議員の言論自由は国会の独立を保持し其目的を達するに付て最も必要なるものなり、 蓋し、国会は独立なるにあらざれば自由の意思を発表すること能わず、 自由の意思にあらざれば真正の意思にあらず、真正の意思を発表する能わざる国会は虚偽の国会にして、真の国会にあらず、其本来の目的を達する能わざるは論を要せざるなり、 而して国会の意思は議員の意思に依て成立し、議員は言論自由の保障ありて、初めて真正なる意思を発表することを得るものあれば、言論自由の保障は国会の目的と離るべからざる関係を有するものなり、 言論自由権の発明者は言わずして英国にして、英国国会が此権利を取得せんが為めに争いたる直接の理由は、之を以て国王及び時の政府と争闘するの武器に供せんが為めなりしことは疑うべからずと雖ども、学理上より観察するときは此権利は国会の発達するに従て当然発生せざるべからざる権利に属す、 英国に於ても此権利が全く確立するに至りたるは第十七世紀の終にして其以前の数世紀間に於て英国国会が之に向て学びたる事蹟は永く英国国会史の一部を組成すべし、 現今欧米諸国及び日本憲法に於て此権利を規定せるは、何れも直接間接に英国に模倣せるものにして素より至当の規定なり、 独り瑞西憲法に於て之を規定せざるは同憲法の欠点と云わざるべからず、此の如く言論自由権は一方に於て国会の目的を達するに必要なりと雖も、 他方に於ては此権利は往々にして濫用せられ、之がためめに国会の秩序を破壊し其威信を傷つくることあるを以て之を防止するの方法なきは政治学上の批難を免れず、 故に何れの憲法も国会が其自主性を以て之が防止方法を設くることを禁ずるものなく、 又実際に於て何れの国会も一定の規則又は慣習に依て適当なる予防方法を備えざるものなし。

第二章 身体自由の権利

一、英国庶民院議員は国会議会前四十日間并に其会期中及び閉会後四十日間は逮捕せらるることなく、又既に逮捕せられたる後若くは禁錮中に於て議員に当選したるときは、其逮捕及び禁錮を免るるの特権を有す、 又同期間は証人及び陪審官と為るの業務をも免除せらるべし、 但し此には二個の例外あり、 第一は公訴に依てインダイクタブル、オッフヘンス罰せらるべき罪にして、第二は法廷侮辱罪を犯したる場合なり、 公訴に依て罰せらるべき罪とは適法に召集せられたる高等陪審官が有罪と認めて裁判所に起訴したる罪を総称す、 此二個の場合に於ては前記の期間中と雖も逮捕せられざるべからず、 又貴族院議員も右と同一なる特権を有すれども、此特権は一層広大にして会期中及び開閉前後各々二十日間は議員の家庭にも及ぶものとす、其他貴族院議員中の有爵者は反逆罪及び治安妨害罪を犯したるときの外は常に逮捕を免るる特権を有す、但し此特権は議員たるが故にあらずして有爵者たるが故なり。

二、合衆国両院議員は議会に出席中及び議院に往復する際に於て逮捕せらるることなし、議会に出席中とは現に院内に在らざるも出席の為めに議院所在地に滞在中をも包含し、又議院に往復の際とは単に登院及び退院の際のみにあらずして議員の住所地より国会所在地に往復する間をも包含するものと解釈せざるべからず、 但し叛逆罪、重罪及び治安妨害罪を犯したる場合には此特権を有することなし。

三、独逸代議院議員は議会開会中は其院の承諾なくして刑事上の犯罪に付き審問を受け又は逮捕せらるることなし、 但し犯罪現行中若くは其の翌日中に逮捕せらるるときは此限にあらず又代議院議員は負債の為めに逮捕せらるることなし、 若し議会開会の当時既に刑事手続の進行中なるときは議会の要求に依りて其手続を中止し、 又議員拘留せらるるときは之を解かざるべからず、 参議院議員は議会開会中は外国公使と同一の待遇を受け、治外法権を与えらるるものなるが故に、 一層完全なる身体自由の権を有すべし。

四、仏国両議院は現行犯の外は議会開会中其院の承諾なくして審問又は逮捕せらるることなし、 其已に(注2)審問手続きに属し又は逮捕せられたる者は議院の要求あるときは之を停止せざるべからず。

五、日本憲法第五十二条には「両院議員は現行犯罪又は内乱外患に関する罪を除くの外は会期中其院の承諾なくして逮捕せらるることなし」と規定して其他を規定せざるが故に、 議員は如何なる場合に於ても審問を受くることを拒絶するを得ず、又会期前に逮捕せられたる者は、議会開会に至るも之を継続することを得べし。

六、伊太利国会議員は、議会開会中は重罪の外其院の承諾なくして逮捕せらるることなし、又代議院議員は其院の許諾なき間は刑事事件に関して審問に附せらるることなし。

七、瑞西憲法は国会議員の逮捕に関して何等の規定を設けず。

八、以上述べたる所に依れば国会議員が身体自由の特権を有することは各国に於て一致すれども其範囲に至ては多少の差異なき能わず、 第一は特権を受くべき期間にして其最も長きは英国最も短きは日本及び伊太利なり、 英国議員の特権期間は会期中のみならず其開閉の前後各々四十日間に亘り、合衆国議員の特権期間は会期中の外に往復期間を包含し、独逸及び仏蘭西に於ては一歩も会期前後に出づることを許さず、 抑も議員の身体自由権は主として行政権の濫用を防がんとするの趣旨より生じたるものなるが故に、此趣旨を貫徹せんと欲せば単に会期中のみに限らずして之を会期前にも及ぼさざるべからず、 然れども此期間を拡張すること其度を失するときは、議員をして之を開会前四十日間に及ぼしたるは不可なしと雖も、閉会後四十日間に及ぼしたるは何の理由に基くかを解する能わず、 殊に之を拡張して貴族院議員の家庭に及ぼしたるが如きは全く無意味にして今日に於ては之を支持すべき些少の理由をも発見すること能わず、又日本憲法が英、米、独、仏の制に倣わず、 模範憲法たる普魯西憲法の規定をも採らずして絶対的に之を会期中に制限したるは伊太利の轍を踏みたるや否やは知らざれども、 兎に角一の新機軸と称すべく、此規定は已に一たび争議と為りて議会に現わるるに至れり、 第二は身体自由権の保障なり、英、米議員の身体自由権の保障は議院の意思を以て之を奪うこと能わざるが故に頗る確実なれども、 其他諸国に於ては何れも議院に於ては承諾するときは裁判所は何時にても議員を逮捕することを得べきが故に頗る不確実たるを免れず、 権利の保障の不確実なるは即ち不公平を惹起す原因にして、議院に多数を占むる党派は之を濫用して自党議員を庇護し公衆の利益を阻害するの余地を有するが故に、善良なる保障と云うことを得ず、 第三に身体自由権は決して絶対的のものにあらず、英、米、日、伊に於ては重大なる犯罪者に対して此権を認めず、独、仏に於ては現行犯罪者の外種類に依て制限を設けず、茲に至て独、仏が議院の承諾あるときは逮捕し得べしと定めたるは稍々解すべき理由あり、 何となれば或る犯罪者は直に之を逮捕するの必要あるに拘わらず、之を為す能わざるは決して社会の公益を維持する所以にあらず、 此の如き場合に於て議院の承諾を得て之を逮捕するは、一方には議院の独立権を保護し、他方には社会の公益を保持する所以なり。

第三章 報酬を受くるの権利

一、英国両院議員は報酬を受くるの権利を有せず、唯一の例外は貴族院に於ける法務議員なり、法務議員は毎年六千磅の報酬を受く。

二、合衆国両院議員は憲法の明文に依て報酬を受くるの権利を有す、但し報酬の額及び支払方法は法律の定むる所に一任す。

三、独逸憲法は明文を以て代議院議員の報酬を受くることを絶対に禁止せり、参議院議員に対しては何等の規定なきが故に、各州政府は自由に之を定むることを得べし。

四、仏国憲法は議員の報酬に付て何等の規定する所なしと雖も、普通法律に於て之を与うることを規定す。

五、日本憲法も議員の報酬に付て規定する所なしと雖も、議院法に於て之を与うることを規定す。

六、伊太利憲法は明文を以て両院議員の報酬を受くることを禁止せり。

七、瑞西の元老院議員は憲法の明文に依て州政府より報酬を受くるの権利を有し、代議院議員は国庫より報酬を受くる憲法上の権利を有す。

八、以上述べたる七ヶ国の中に於て四ヶ国は議員に報酬を与え、三ヶ国は之を与えず、其他普魯西及び白耳義の下院議員は報酬を受くれども上院議員は之を受けず、之に依て見れば議員の報酬問題は今尚未定の間にあり。

国会議員に報酬を与うるの可否は理論と政略との二方面より論ずることを得べし、理論上より見れば、国会議員に報酬を与えざるべからず、蓋し国会議員の職務は国家の立法事業を行うにありて之が為めに幾分の勤労を供せざるべからざるは論を俟たず、 而して勤労には之に伴う報酬なかるべからざるは独り経済上の原則なるのみならず、人類社会を成立せしむるに付て必要なる要素なり、 人類は勤労に伴う報酬ありて始めて生存することを得べく、社会は人類の完全なる生存ありて始めて其成立を全うすることを得べし、 国家と雖も此原則を度外視すべからず、已に人が無報酬にて他人を使役するは不当なるが如く、国家が無報酬にて国民を使役するは亦不当なり、 国家が官吏に報酬を与うるは明かに此法則を是認したるものなり、然らば国会議員に報酬を与えざるは如何なる理由を以て説明し得べきや、 或は国会議員は官吏にあらず、故に官吏に対する報酬を以て国会議員の報酬を論ずる能わずと云う者あらんも、 是れ名称を以て事実を誤るものなり、官吏と云い国会議員と云うは国家の公僕に対する名称の差異に過ぎず、 尚お一家の使用人に番頭と丁稚の区別あるが如し、番頭と云い丁稚と云い、其名は異なりと雖も二者共に一家の事務を行うが為めに労力を供するものなり、 官吏と云い議員と云い、其名称は同じからずと雖ども、国家の政務を行うが為めに勤労を供するの点に至ては二者異なることなし、 労力の種類及び其程度の異なるは報酬の額を定むる標準と為るも報酬の有無を定むる標準と為らず、或は又言う者あらん、官吏は国家の命令に依て職務を行う者なれども、 国会議員は自己の任意に依て職務を行う者なり、国家が国民を強制して無償の労力を供せしむるは不当なるも、国民が無償にて任意に供給する労力を受くるは決して不当にあらずと、 是れ所謂一を知て未だ其二を知らざるの議論なり、国民が無償にて任意に労力を供給せんとする場合に於て、国家が之を受くるも不当にあらざるは言うまでもなし、 然れども国会議員は任意の職にあらず、議員の職は国家が必要なる政務機関の一として設定したるものなれば、国民の自由意思を持って之を廃しすべからざるは論なし、 国家が法律を以て議員の辞職を許すことを規定するも之を以て議員の職は任意なりと云うべからず、議員の辞職は職務を行う主体を変更するのみにして職務自体は国家の制度の変更せざる間に決して消滅するものにあらず、 然らば即ち国家は仮令一方に於て議員の辞職を許すことあるも、他方に於ては此職務を行わしむるが為めに国民を強制するの権力を有するものと解釈せざるべからず、 若し之に反して国会議員の職は全く任意的にして強制的にあらずとせば、国会の存在も亦任意的にして法律上の意義を有せざることと為り、国会制度の原理は全く破壊せらるるに至るべし、 已に国会議員の職務を以て強制的職務とするときは、此職務を行う者に向て報酬を与えざるは即ち無償にて国民の労力を強制するものにあらざるか、 論じて茲に至れば無報酬主義は到底理論を以て之を支持すること能わず、然れども国家の政務は理論のみに依て行うべきものにあらずして政略を以て之を行うものなり、政略の為めには理論を曲げざるべからず、 否な善良なる政略は第二の理論となりて第一の理論を圧倒するものなれば、国家の制度を研究するには理論を顧みると同時に其政略に注意せざるべからず、 而して政略上より観察して国会議員に報酬を与うるの可否は如何。

此問題に対しては積極消極共に有力なる理由を有す、積極論者の地位に在る者は二個の理由を挙げて次の如く論述せん、 第一報酬主義は適当なる議員を得るに必要なり、抑も国家の立法事業を行うには尤も適当なる人材を選出せざるべからず、適当なる人材を選出せんと欲せば広く之を全国民の間に求めざるべからず、 而して人材には必ずしも財産の伴うものにあらず、又財産は必ずしも人材を生ずるものにあらざれば、人材にして財産を有せざる者あり、 又財産家にして人材ならざる者あるは決して怪むに足らず、 是れ現今各国の被選資格に財産上の制限を附せざる所以なり、然るに若し議員に報酬を与えず、議員は全く自己の財産を以て事に当らざるべからずとするときは、 財産なき者は議員と為ることを得ざるが故に、被選資格に財産上の制限を附せざるも実際に於ては何等の効果を現わすこと能わず、 無財産なる人材は財産を有する不人材の為めに駆逐せられて国会議場は全く財産的階級者の占領する所と為るに至るべし、 此の如き極端なる結果を生ぜざるも之が為めに人材の選出を数少ならしむることは争うべからず、 第二報酬主義は議員の不正行為を防ぐに必要なり、凡そ自己の財産を投じて国家の為めに尽さんとするが如きは稀に見るべき異例にして、 人間普通の情態にあらず、普通の人間は主として財産を得んが為めに働くものにして、国会議員と雖も決して此数に漏れず、 又財産を得んが為めに毫末の不正行為をも敢て為さざるが如きは真の聖人君子にして、此の如き者は今日の世界に於ては殆んど見出すこと能わず、 滔々たる世俗は巧に法網を遁れ社会の耳目を暗まし、不正の手段に依て財産上の欲望を遂げんとせざるものなく、国会議員の如きは其尤も甚だしきものなり、 殊に国会議員は国家の枢要なる機務に関与するが故に、一方に於ては政府と結託し他方に於ては民間と交通して、不正行為を行うに尤も便利なる地位に在るものなり、去れば予め之が予防方法を設くるにあらざれば国会は遂に腐敗の府と化するに至るべし、 而して其防御方法は直接には法律上の制裁に依らざるべからざるは論なしと雖も、又議員に一定の報酬を与うるは間接の方法として尤も有力なるものなり、蓋し人間の欲望は限なく従て不正行為も亦止む時なしと雖も、 凡そ人間にして生計の欠乏を感ずるより大なる苦痛はなく、此苦痛より遁れんが為めに智を枉げ節を売り其他の不正行為を為すは人間の弱点とは云うものの又大に恕せざるべからざるのあり、 然れども国家の立法機関に参与する堂々たる国会議員中に於て、此の如き者を見出すに至ては国家の不祥(注3)之より甚だしきはなし、 故に国家は彼等に供給するに相当の報酬を以てし、生計の困難より来れる憫れむべき議員の不正行為を予め防止することを力めざるべからず、是れ議員其者の利益を計るにあらずして国家自身の目的を達するに付て必要なる手段なり。

消極論者は之に対して次の如く論述せん、 第一無報酬主義は適当なる議員を選出するに必要なり、蓋し人材と財産とは必ずしも一致するものにあらざれば積極論者の言の如しと雖も、是れ各人を格別に比較したる部分論にして、部分論は以て政治論の基礎と為すに足らず、 若し部分に付て観察するときは女子及び未成年者にも参政権を与えざることべからざるものあり、成年者中にも之を与うべからざるものあり、 然れども政治は多数人民を一括して支配するものなるが故に、部分に拘泥して之を論ず(注4)べからざらず、 今夫れ国民を概括して観察するときは、人材は財産を有する者に多く、之を有せざる者に少なきは争うべからざる事実なるを以て、財産者は人材なり無財産者は不人材なりとするも、政治上の認定として其当を失するものに非ず可し、 此の如き認定を為さずとするも、今日相当の財産を有し生活の根拠確かなるものにあらざれば政治社会に立ち独立の見識を以て国事を議論する能わざるは諸般の事実之を証明して余あり、 然るに国会議員に報酬を与うるときは、無財産にして無職の徒は競うて政治社会に入り、報酬を得んが為めに議員の職を争うに至り、所謂職業政治家なるもの現われ、 衣食の為めに国家の政治を口にする者跋扈を極め、有識の徒は倦厭として政治社会を退くに至るべし、是れ報酬主義より生ずる一大弊害にして、此弊害を除去せんと欲せば無報酬主義を採るの外他に策あらざることなり、 無報酬主義を採るときは偶々有識の徒は財産上の自由を得ざるが為め議員と為ること能わざることありとするも、 是れ実に百中の一二に過ぎず、此弊害を慮りて報酬主義を採るは所謂小事の為めに大事を犠牲に供するものにして政治学の許さざる所なり、 第二、無報酬主義は議員の不正行為を防ぐに必要なり、国会議員は不正行為を行うに最も便利なる地位に在り、又其地位を利用して黄白の為めに不正の行為を為すもの続出するは積極論者の言う所の如しと雖ども、之を防がんが為めに議員の報酬を与うるは啻に非理なるのみならず実際に於て何等の効果を現わすべきものにあらず、 若し夫れ盗を防がんが為めに盗人に向て財を与うる者あらば誰が其愚を笑わざらん、是れ已に理に於て非なるのみならず、此の如くにして盗を防がんとするは浅慮の最も甚しきものなり、 盗を防ぐは盗人をして家宅内に入れざるの方法を設くるに如くはなし、国会議員の不正行為を防がんが為めに議員に報酬を与うるは盗を防がんと欲して盗人に財を与うると何ぞ選ぶ所あらん、 議員の不正行為を防ぐは議員に報酬を与うるにあらずして、此の如き者をして議員と為らしめざるにあり、 而して不正行為を為すものは比較的無財産者に多きことは積極論者も認むる所なれば、 議員に報酬を与えず無財産者をして議員と為る能わざらしむるは議員の腐敗を防ぐ第一の方法にあらずや。

以上述べたる二ヶの議論は何れも採るべき所あり、要するに一長一短相半するものと云うべし、是れ今日に至るまで之に関して各国の採る所未だ帰一を見ざる所以なり。

脚注

(1)
原文では「名くる」と表記されている。
(2)
原文では「己に」と表記されている。
(3)
原文では「不詳」 と表記されている。
(4)
原文では「諭す」と表記されている。