『洋行之奇禍』 その1

last updated: 2013-01-23

一言

筆を弄し文を綴るは余の能事に非らず、人生を談じ鬼神を論ずるは余の本領に非らず、碌々たる泥海の一粒何んぞ人に向て語るべき事あらん、 病と称する悪戯者は、憫れなる天外の孤客を追うて千里万里を走らしめ、 山の奥より海の涯より又は人間の料理場までも、七たび殺して七たび生かし、遂には拙き此書を公にして恥を天下に曝さしむるに至れり、嗚呼病!。

明治三十八年八月

由比が浜の辺に於て 春峯 樵夫

再言

一年有半筺底に押し込められし此不幸者は時節到来して(注1)塵深き店頭に顧客を求めんとす、 言文一致の出来そこないも、漢文体の問題も、何も蚊もごちゃまぜに、筆に任せて綴りたるまま、世事の務に攻め立てられて、之を訂すの時もをし、世の笑の種とならん。

明治四十一年一月

東京に於て 春峯生

脚注

(1)
原文では「してて」と表記されている。