『洋行之奇禍』 その22

last updated: 2013-01-23

其二十一

入り来りたる婦人は正しく病院の監督者である、彼は四十の歳を越ゆること二三、容貌風采は上品と云うにあらざれども又決して下品にあらず、面に現わるる愛嬌は一種の苦味と相和して稍々侵すべからざる威風を後に与えた、 怜悧と敏活は米婦人の特色なりとは云え彼は其中に於ても確かに一歩を抜きんじたる(注1)ものなることは一たび彼が居動を見し者は直に気付くなるべし、 彼は血気旺にして正に是れ人間の働き盛り、而かも彼は働手中の働手にして病院の事は一として彼が方寸より出でざるはなし、 彼は監督者の名を有すれども其実は病院の実権者にして数多の医者も看護婦も彼れ一人に追い使われ、云わば尤も敏腕なる内閣書記官長である、 而して彼は尚お未婚婦の一人、此怪物は何を言わんが為めに朝頃用事もなきに病室に入り来るか、彼は入るや否や微笑を含みつつ「今朝は御気分は如何ですか」と一番愛嬌を蒔き散らし然る後に徐ろに口を開いた、

貴方が此病院に来られてから已に五ヶ月も経ましたが嘸お困りでしょう、一時は非常に危篤でありまして医者も頭を振って居た様な次第でありましたが幸にして病気も快方に趣て近頃は大に元気を回復せられたのは実に喜ばしい事であります、 最早庭内も大分御散歩が出来る様ですから旅行も大丈夫でありましょう、就ては此際国に御帰りなされては如何です」

「有り難う併し僕はまだ国には帰りません」

「夫れは何故に」

「何故ですか、今国に帰ることは僕に取りては全く不能の事です、貴方は僕が病気が快方に趣いたと言われますが僕は少しも左様には考えられません、 尤も元気は少し回復しました、三ヶ月余は病床に横わったまま少しも動くことは出来なかったのでありますが近頃は漸くにして独りで床を離れて時々庭園を散歩する位になりましたから大に快方に趣いた様に見ゆるかは知れませんが御承知の如く僕の病気は左の肋部に在るのです、 貴方の医者が刀を以て切り開いた所が僕の病気の在る所です、此箇所が治らねば僕が病気は快方に趣いたとは云えません、 然るに此部分は其後少しも癒えないのみならず、僕の見る所では益々気遣わしき現象を呈しつつある様に考えられます、 又貴方は僕が身体が最早旅行に堪えると申されますが僕は左様には考えません、第一に少くとも一日に二回ずつ患部を洗て繃帯を取り換えなくては排泄物の始末が付かないことは貴方も十分御承知の事でしょう、 長い旅行中何うして此の手当が出来ますか、又第二には僕は何の為めに少しも左の手を動かすことが出来ません、夫れ故に洋服を着ずして此通りに日本服ばかり着て居る様な次第で一寸門外に出ることすら出来ないのであります、 夫れから第三には元気が回復したとて漸く庭内を散歩する位なことで迚も一哩の道も歩行することは出来ません、 此処から日本に帰るには少くとも汽車中に六昼夜汽船中に三週間、途中故障なく行った所で殆ど三十日を要するのです(注2)、 又度々汽車の乗換もあり荷物の取扱もありて仲々容易な旅行ではありません、健康体の者ですら非常に疲れるのです、然るに何うして斯んな病体にて旅行が出来ましょうか、又途中何うして傷の手当が出来ますか、一日も行ったら死んでしまわなくてはなりません、」

「ハア左様ですか、併し汽船中には船医が居りますから十分に手当をしてくれましょう、又汽船中は何んとか手当の方法もありましょう、仕方がなければ途中にて時々下車して近傍の医者の所に行て手当をして貰えば可いではありませんか、」

僕は此言を聞て少しく憤怒を催した

「左様な事が実際に於て出来るか出来ないか常識ある者なれば考えずとも直に分るでしょう、又仮令何かの方法を設けて帰ることが出来るとしても僕は此病を負うて帰ることは決して為さない積です、 勿論此病が僕自身の内より生じたるものなれば致し方もありませんが僕は左様には考えません、此病は貴方の医者が作った病であります、素より僕が身体に欠点があったにしろ貴方の医者が切解を為さなかったなれば今日の此病は決して起らなかったのであります、 僕は此地に於て斯様な憐むべき境遇に落ちなかったであります、貴方の医者が三人共揃って二週間にて全く治ると保証して手術を為した、之が因と為りて今日の有様と為ったのであります、 今此病を負うて国に帰って親戚や友人に顔を合わすことが出来ると思いますか、貴方は平気で為すかは知りませんが、僕には迚も左様なる事は出来ません、 又僕は此国に遊びに来たのではありません、或る目的を以て来たのであります、而して其目的はまだ達しませんから今帰ることは出来ません、仮令死すとも帰らない積であります、」

彼は呆れて瞬時黙せしが更に口を開いた、

「左様なる御考なれば私に於て何んとも申すことは出来ません、然らば貴方は病院に在られては大に不経済でしょうから退院して手当の為めのみに御通いになっては何うです」

是に於て僕は果然彼が僕をば病院より放逐して自然に関係を絶たんとする隠謀を抱蔵せることを悟った、其には十分の理由がある、 第一に米国の病院は日本の病院とは異なり如何なる事情あるも外来患者は一人も診察せず、如何なる者にても病院の治療を受けんと欲せば必ず入院せねばならぬ、 又一たび退院したるときは全く病院と関係を絶つときである、従て外来患者の為めに設けたる室もなければ人もなし又道具も何もない、 然るに僕一人のみ特別なる取扱を受くることは実際に於て出来得るものにあらず、 好し三回や五回舌の根の乾かざる間は約束を履み何んとか方法を設けて一時手当を施すにせよ夫れが永く続く受合は決して出来ない、時日の経過すると共に自然消滅に帰することは必然である、 又第二には僕が常時の病態にては退院して病院に通うなぞは全く不能の事であった、病院は市外に在るが故に其近所には一軒の宿屋も無い、少くとも十丁許り下らねばならぬ、 宿屋住居を為せば一日に三回ずつ食事の為めに外出せねばならぬ、 日本服を着けて居れない、自分の始末は一切自分にて為さねばならぬ、其外雨の降る日も風の吹く日も一日に二回ずつ病院に通わねばならず、 如何にして僕の堪え得べきことなるか、彼は十分に此等の事情を知る、知りつつ此の如き言を吐くは彼には別に隠したる考ありしが故である、 彼等は其初め二週間にて治ると保証して僕に向て手術を施したるが二週間は捨て置き五ヶ月を経過したる今日に於ても更に治らず、如かのみならず此上何ヶ月を要するやも知れず、然るに一方に於ては屡々もう五日、もう一週間と一時逃れの返事を為しつつ遂に今日に至れるを以て彼等如何に鉄面皮なりと雖ども此上虚言を吐くことは良心に於て咎められたるに相違ない、 去りとて今に於て前言を取り消す訳にも行かず、僕をして此上病院に在らしむるときは益々面到なるが故に何は兎もあれ速に此病院と関係を絶たしむるに如かず、 左すれば僕は外人にして何事をも知らず、遂には泣寝入となりて止むに相違なしと、斯様に決心したることは容易に推測することが出来る、実に悪むべき隠謀と云わねばならぬ、

「退院して此病院に通うなぞと云うことは実際に於て出来ることではありません、 其理由は一々言わずとも解るでしょう、又経済であるか不経済であるか左様なる事は貴方の関渉する事ではない、病院は病人の病を治すのが本務であるから他の事には心を置かずして速に僅か病気を治して貰わねば甚だ困るのであります、」

彼は俄然語歩を転じた、

「私は来週より三週間の休暇を得て旅行しますから其前に会計帳の始末を付けねばなりませんから此際或る物を支払って下さりませんか」

「何時にても支払います、此迄何の御催促もなく又遠く以前から直に全快して退院することが出来るとのことでありましたから一切其時に始末を付くれば宜しいことと思ってついつい今日になりましたが左様なる訳なれば直にても払いましょうから早速ビルを持て来て下さい、 其言のみ当にして今日まで滞在して居たのでありますが、実際に治るでしょうか、もう此から先大概何日を要するでしょうか」

彼は是に於て最早曖昧なる返事も出来ないと考えしか思い切て断言した、

「貴方の病気が何つ治るか医者も知らねば私も知りません、恐くは何人と雖ども之を知る者は無いでしょう」

僕は失望と憤怒を以て打たれた、

「何に、何つ全治するか知らない、然らば何にが故に二週間にて全治すると断言して貴重なる我輩が身体に回復すべからざる大傷を負わせたか」

「あの時に手術を施さなかったなれば貴方は二週間内に死んだのであります、貴方が今日まで命を保って居るのは手術を為したからであります」

「夫れは誰の意見であるか、貴方自身の意見か又は医者の意見か」

「医者が左様に私に話しました」

彼は何づくまでも僕を馬鹿にし僕を胡魔化し終らんと企てて居るか僕は彼の如き者に胡魔化さるる程の阿呆でもない、

「何に、医者が左様に貴方に話したと言わるるのでありますか、然らば其医者をば此処に呼んで来なさい、我輩は彼に向て談ずることがあります」

「医者は未だ一人も来ません」

「貴方は我輩をば愚弄せんとせらるる様に見えますが我輩は貴方に愚弄せらるる程の無智の者ではないことを記憶(注3)なさい、あの時に手術を加えざれば二週間内に死んだであるとは抑も何んたる暴言でありますか、 其時に於ける我輩の容態は三人の医者が能く知って居る筈である、目前に何の危険も迫って居らなかったことは彼等に於ても十分認めて居たことである、 現に彼等の一人は今手術を為さざれば此地に滞在中に於て復もや入院せねばならぬかも知れぬと明言したではないか、 此語の中には其時に治療せずとも二週間内に死なぬことを明に含んで居るのである、 然るに今に至て突然斯る言を吐くは、思うに貴方等は其初め大に誤てる治療を加えたるのみならず、爾来五ヶ月の間虚言に虚言を重ねて我輩を瞞着して居たのである、然るに其瞞着も此上施すべき術なきが為めに俄に左様なる仮言を案出して我輩を瞞着し終らんとするのであろう、 我輩日本人を瞞着せんと欲せば瞞着して見よ、我輩は最早斯る病院には一時も居ることを欲せないから外医の意見を聴て行く先が決まり次第に直に退院するから此言をば通知して置く、 又左様なる次第なれば貴方が要求する或る物は今は支払わない、払うか払わないかは追て返事を為すであろう、」

「其は如何様に為さろうが貴方の勝手である、外医の意見を聴きたくば紐育までも行て御聴きなされたが可いでしょう」

彼は失敬、千万なる此毒言を残して出て行いた。

脚注

(1)
原文では「〓んしたる」と表記されている。〓はのぎへんに友。
(2)
原文では「するです」と表記されている。
(3)
原文では「記臆」と表記されている。