『回顧七十年』 その18

last updated: 2013-01-23

政界、親分子分の醜態

今回の選挙は犬養内閣のもとに行われ、民政党は在野党として戦わねばならぬ。 ことに昨年十一月犬養内閣成立するや、直ちに前内閣の政策を顛覆して金輸出禁止を断行したるがために、金解禁と緊縮政策に沈衰したる経済界は一時的にせよ活気をおびて、新内閣に対する世間の人気は決して悪しからず、この機に乗じて政府および政友会は盛んに前内閣の経済政策を攻撃し、今回の不景気は全く前内閣失政の結果であって、現内閣はこの不景気を打破して景気回復を図るがために現われたものである。 故に今回の総選挙は景気と不景気との争いであるから、不景気を好む者は民政党に投票すべし、好景気を好む者は政友会に投票すべしというがごとき、識者の目より見れは実に笑うべき浅薄なる俗論であるが、こと理に暗き大衆を相手とする選挙に当りては、この種の宣伝も相当の効果を与えるものである。

加うるに金輸出禁止によりて、驚くべき巨利を博したる一部の財閥関係および官憲の威力など相って政友会は絶対有利の地位を占め、これに反し民政党は前内閣瓦解後日なお浅くして政戦に利あらず、その上選挙まさにたけなわなる二月九日、前蔵相井上準之助氏が兇漢の狙撃に仆れたるがために、作戦上に一大齟齬そごを来して、選挙の前途は実に容易ならざる状況となった。

私は一月末帰県して、二、三面倒なる候補者の選定を終るや、直ちに各地の同志を応援し、選挙期日一週間前ようやく選挙区但馬へ赴きて言論戦を開始するに至った。 開票の結果幸いに当選したるも、得点数は前二回の選挙に比して遥かに少なく、第一位より第二位に下りたることは、当時の情勢上やむを得ない次第である。 選挙の結果は左のごとくである。

一九、三〇七票 当選 若宮貞夫(政友)
一六、六八九票 当選 斎藤隆夫(民政)
一二、八二九票 当選 畑七右衝門(政友)
一二、三一五票 落選 田昌(民政)

全国総選挙の結果は政友会の大勝利にして、民政党の大敗北である。

即ち選挙前における政友会の百七十余名は一躍して三百余名となり、民政党の二百七十三名は一拳にして百四十七名に墜落した。 勝敗はいくさの常、決して落胆すべきにあらず、他日形勢逆転の時来るは必然なるべし。

総選挙を終ると、民政党内にはまたもや動揺が始まった。 安達氏復党運動の再現である。 前記の事情によりて安達氏は脱党したれども、民政党に対する執着心は到底消え失せるものではないから、党外にありて静観を装いながら、党内に残れる腹心の者らを使嗾しそうして密かに復党運動をなさしめつつあったが、総選挙が終るとこの運動が表面に現われて来た。 それは今回の選挙に当りて、氏より運動費の援助を受けたる民政党の候補者は百名以上ありと言われていたが、そのうち当選した連中は氏に対する情誼上いきおい復党運動を起こさざるを得ないこととなった。 しかしてこれらの一派は連日連夜種々の口実を設けて同輩を集め、甘言をもって復党連判帳に署名を求め、党中党を作りて漸次に運動が露骨となり、これを放任すれば党内はますます動揺するから、幹部もこの上黙視する能わず、その首魁と目せらるる数名に対して党規に従い断然除名すべきものなれども、好意をもって脱党を勧告したから、これらの人々もやむを得ず脱党届を差し出すに至った。

かくのごとくにして安達氏の復党を許さざる本部の態度がいよいよ明らかになり、復党の望みが絶えたる以上は、党員を切り崩して少数なれども足場を作らねばならぬ必要に迫られたから、これより言うに忍びざる手段をもって二十余名の代議士を脱党せしめ、国民同盟と称する少数団体を組織するに至ったのである。 私はこの時初めて政界における親分子分の関係を看破して、その醜態に驚かざるを得ない。

由来わが国の政界には親分子分と称せらるるものがあり、親分は賄賂を取り、利権をあさり、財閥と結び、その他世上に曝け出すことの出来ない手段をもって不浄の金を集めて子分を養い、これをもって党の内外における自己の勢力を張り、援兵となしている。 しかして親分が子分を養うは、全く自己の野心を遂げんがためであるから、必要なる時来らば子分の節操を奪い去ることは何とも思うていない。 時々生活費や選挙費を補助したればとて、政治家の生命とも言うべき節操を捨て、己に追随をゆるのは残酷至極であるが、親分はこれを当然と思い、また子分も意気地がない。 たとい物質上その他の補助を受くればとて、自己の進退を挙げて親分の自由に一任するがごときは、余りにも薄志弱行ではないか。

言うまでもなく代議士の一身は己の所有物でなく、彼らの背後には少なくとも数万の選挙民が控えている。 選挙の時には民政党の候補者として立ち、民政党の主義政策を強調し、選挙民もまた彼が民政党員なるが故に投票して中央政界に送ったのである。 しかるに選挙後この約束を蹂躙して、勝手に党籍を離れて自由行動をとるがごときは、全く選挙民を裏切りかつこれを欺くものである。己の立脚地を定めずして他人の後を追うて走るがごときは、独立人にあらずして一種の奴隷ある。

故に政治家は決して親分を持つべからず、政党人としては政党それ自身が親分であらねばならぬ。 故にいやしくも政党に反逆する者は、如何なる先輩たりといえども決然としてこれと手を別つべく、この決心なき者は政党人として世に立つの資格はない。