『比較国会論』 その9

last updated: 2013-01-23

第六章 国会の議事及び議決に必要なる定員

一、英吉利国会、 貴族院の議事を開くに必要なる定員は僅に三名にして庶民院の定員は四十名なり、 斯くの如き少数なる定員は多数なる総議員に比例し頗る滑稽なるが如しと雖も、 実際に於ては此定員すら得る能わずして議事を開くに至らざることは決して珍しからず、 議事は過半数を以て決し、可否同数なるときは議長之を決す。

二、合衆国国会、 両院は各院総議員の過半数の出席あるにあらざれば議事を開くことを得ず、 而して各院は議員の出席を強制する方法と之に附帯する刑罰を定むることを得べし、 議決の法則は英国と異なることなし。

三、独逸国会、 憲法は参議院の定員に関して何等の規定を設けざるが故に、憲法解釈家は議長一人出席すれば開会することを得べしと論ぜり、 代議院は総議員の過半数の出席を要す、議決に関する法則は英国と異なることなし。

四、仏蘭西国会、 憲法は国会議事の定員に関して何等の規定する所なし、 両院は各自に議事規則を以て之を定む、 其規定に依れば元老院は総議員過半数の出席を要するのみならず尚お実際投票を為すことを要す、故に過半数の出席あるも過半数の投票あるにあらざれば議決を為すことを得ず、之に反して代議院は単に総議員過半数の出席あることを要するに止まるが故に、 実際投票を為す者の数は問う所にあらず、茲に注意すべきは右の定員は投票を為すに必要なる定員にして議事を為すに要する定員にあらざるが故に、 過半数の出席なきも議事を開くことを得べく、 又議事中は過半数の出席あるも投票の際に至て半数以下に減じたるときは議決を為すことを得ず、 議事は過半数の投票に依て決し、 可否同数なるときは否決せられたるものとす。

五、日本国会、 両院は各自総議員三分の一以上出席するにあらざれば議事を開き議決を為すことを得ず、 議事は過半数を以て決し、可否同数なるときは議長之を決す。

六、伊太利国会、 両院は各々総議員過半数の出席あるにあらざれば議事を開き投票を為すことを得ず、 議事は投票の多数に依て之を決し、可否同数なるときは議長之を決す。

七、瑞西国会、 両院の定員及び議決の方法は伊太利国会と同一なり。

八、比較論、 以上述べたる所に依て吾人は二箇の評論を為すことを得べし、 第一は憲法に依って定員を規定するものと否らざるものとの区別なり、 合衆国、伊太利、瑞西の両院及び独逸代議院の定員は憲法の規定に依て定まれども、英国の両院、独逸参議院及び仏国両院の定員は憲法の規定に依るものにあらずして、 或は習慣に基づくものあり、 或は議事規則に依るものあり、或は全く不定なるものあり、余の考うる所に依れば、国会の定員は憲法に於て規定すべき性質のものにして、議事規則に一任すべきものにあらず、 蓋し議会の定員は国会の意思即ち国民共同の意思を発表する最要の方法にして国会の目的と離るべからざる関係を有するものなり、 然るに之を議事規則に一任し何時にても議院の自由に変更し得べきものとするときは国会の意思は為めに不定の状態に陥らざるを得ず、 国会の目的は之に依て破壊せられざるを得ざればなり、 第二に合衆国、仏蘭西、伊太利、瑞西の両院及び独逸代議院は何れも総議員の過半数を以て定員と為し、日本の両院は之を三分の一以上と為し、英国両院は頗る少数にして、独逸参議院は全く不定なり、 総議員の過半数を以て定員と為すは近世に於ける立法事務の原則にして、能く代議政治の趣旨に適合するものと云うべし、 蓋し代議政治の趣旨は多数を以て全体を代表せしむるに在りて少数を以て全体を代表せしむるにあらざるは論を俟たず、 然るに過半数以下を以て定員と為すは即ち少数を以て全体を代表せしむることを認むるものにして、 代議政治の本旨と相容れざるものなればなり、然れども英国及び独逸参議院に於て此原則の例外を採りたるは適当の理由を以て説明し得べし、英国国会の立法事業は常に内閣大臣に依て監督せらる、 而して内閣大臣は議会内に多数議員を有する政党に属するものなれば、彼等は事実に於て多数者を代表して議会に立るものと云わざるべからず、 然らば仮令形式上に於て過半数の出席なきも、実際上に於て少数者の意見が議会の意見となりて現わるるが如きことなく、従って代議政治の本旨と矛盾する場合は生ぜざるなり、 去れば英国の制度が国会法則の例外の如く見ゆるは唯外観上のみにして実際上に於ては決して例外にあらず、 而して之に依て形式的原則よりして往々生ずる不便を避くることを得ば、一挙両得の策なりと云うを得べし、 又独逸参議院定員の定めなきは二個の理由より説明し得べし、 即ち一は憲法の明文に依れば、各州は参議院に於て一票若くは二票以上の投票権を有すれども、此投票を為すが為めに必ずしも議員を派遣するの義務を負わず、 他州の議員に委託して自州の投票を為さしむることを得べく、又議員を派遣せず委託投票の方法をも取らずして自州の投票権を抛棄することを得べし、 又二個以上の投票権を有する州は其投票数に相当する議員を派遣するも、 或は一人の議員を派遣して全数の投票を為さしむるも全く其自由なるが故に、参議院議員の総数は憲法上に於て一定せず、従て過半数の生ずる理由なし、 次に参議院議員は各州の代表機関にして各州政府は何時にても随意に之を召喚することを得るが故に、若し定員の定めあるときは、 数個の諸州連合して議員の召喚を命ずれば容易に国家の立法事業を阻害することを得べし、 而して此の如き諸州の権利濫用は明に連合国家に対する叛逆行為なるが故に、憲法に於て之を防御するの方法を設くるは政治学上素より至当の事なり、 而して之を防御するの方法は、議事に必要なる定員を定めざるにあり、去れば独逸憲法が参議院の定員を定めざるは参議院に特別なる性質より生ずるものにして、之を定むるは啻に不必要なるのみならず全く不能にして且つ危険なりと云わざるべからず、 此の如く英国国会及び独逸参議院の例外に付ては何れも適当なる理由を以て之を説明し得べしと雖も、 独り日本憲法に於て各院総議員の三分の一以上を以て定員と為したるは如何なる理由なるや。 全く無理由なるのみならず之に依て代議政治の原理を顛覆するものと云わざるべからず、 前に述べたる如く代議政治の趣旨は多数に依て全体を代表せしむるにあり、 然るに、日本憲法は明かに少数に依て全体を代表せしむることを公認せり、日本憲法は普魯西憲法を模範と為せしことは二ヶの憲法を対照するときは何人と雖ども容易に悟ることを得べきが、 普魯西憲法に於ても上院は六十名を以て定員は為せども、下院は過半数を以て定員と為せり、其他白耳義国会の如きも過半数制を採れるは政治学原理の動かすべからざることを証するに足るべし、 日本憲法起草者は何の拠る所ありて三分の一以上と定めたるや、余は憲法起草者の政治的智識を疑わざるを得ざるなり。