「日本鐵道論(前々號の續き)」
このページについて
時事新報に掲載された「日本鐵道論(前々號の續き)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
第十營業費
英米兩國の鐵道を比較するに當りて着目す可きは第一は建築費第二は營業費にして一方の建築費は好しや廉なりとするも他の一方に於て營業費の不廉なるあれば此の不利uは彼の利uを償ふ能はずして寧ろ建築費に多くの金を擲つも營業費に節儉の道を立つること大切なりと云はざる可らず何となれば建築費は一時の支拂ひに止まれども營業費は年々支出して際限なき者なればなり偖米國の鐵道は英國の鐵道に較べて建築費の廉なること前日の紙上にて説きたる如く明々白々なれども之に反して過分の營業費を要するの場合もあらば折角建築費に於て省き得たる其利uも之が爲めに隱滅するを免れざるは自然の理なりとして抑も米國風の鐵道は簡便を旨とすると興に共に手拔けの個所も多ければ之を修繕し維持するに當りて費用の嵩む可きは避く可らざる次第なれども比較上、營業費の不廉は建築費の不廉を打消すに足るや足らざるやを判斷せざれば英米鐵道の優劣判然せざる可し去る千八百八十三年十二月三十一日の調査に依れば
第一 建築費の部
線路全延長 建築費總額 一英里平均費額
英里 弗 弗
英國 一八、六八一 三、七七七、八〇八、三九五 二〇二、二二七
米國 一一〇、四一四 七、四九五、四七一、三一一 六二、一七六
米國鐵道の建築費は英國鐵道より廉なること一英里に付き平均十四萬零々五十一弗
第二 營業費の部
線路全延長 營業費總額 一英里平均の營業費
英里 弗 弗
英國 一八、六八一 一八六、八四二、八一〇 一〇、〇〇三
米國 一一〇、四一四 四六八、八六一、〇四〇 四、四一〇
米國鐵道の營業費は英國鐵道より廉なること一英里に付き平均五千五百九十三弗
右の如く米國の鐵道は英國の鐵道に較べて廉價なること建築費に於て一英里十四萬零々五十一弗營業費に於て同く五千五百九十三弗なりとすれば實に申分なき者と疑はざる可からず然れども營業費中建築の良否に據りて變ずるの費目と變ぜさる費目との區別を立て〓國へ鐵道員の給料或は死傷者手當の類の如き少しも建築費に關係なき者は英米兩國互に優劣なしと見て〓〓〓〓〓なるが爲めに軌條損し易く、軌條の敷き方安全なるが爲めに機關車、客車の傷み易き類、總じて建築の良否より直接の影響を受く可きゥ費用を如何にと云ふに
此點に在りては米國鐵道の不利なること事實に於て疑ふ可らず即ち試に千八百八十三年度中全英國鐵道の營業費を類別するに
甲、建築の良否如何に依りて變りある費目
弗
道路修繕費總額 三三、七一八、九九〇
機關車總費 四六、五〇六、三三五
客車貨車修繕總費 一六、四七六、八三五
右小計金九千六百七十萬二千二百六十弗
乙、建築の良否には一切關係せざる費目
弗
旅客貨物運搬費 五六、〇六一、九九五
本社費 八、一一八、七〇五
租税及び賦金 九、三〇四、二四五
上納税 三、六九六、二八〇
死傷者手當 一、二三五、一六〇
貨物損害手當 九八九、七〇五
議員費法律費 一、八六五、九二五
汽船及び港灣費 六、六二四、七八〇
雜費 二、二六九、四一一
右小計金九千零十六萬六千二百零五弗
總計金一億八千六百八十六萬八千三百六十五弗
右百分の割合
甲 五一、八
乙 四八、二
然るに是と對比すべき米國鐵道建築費營業費の割合を如何にと云ふに爰に千八百八十三年の調査を缺くと雖も英國製鐵會社書記ジエー エス ジエンス氏の計算に依るに千八百八十年中、米國鐵道の營業費中、建築の良否に依て變ずる費目と變ぜざる費目との比例は左の如し
甲、建築の良否に依りて變ずべき費目
百弗に付比例
弗
道路修繕費 二五、三
機關車費 二四、九六
客車貨車修繕費 九、三九
右小計 五九、六六
乙、建築の良否に依りて變ぜざる費目
同上
弗
旅客貨物運搬費 二五、三一
ゥ税費 四、七七
死傷者手當 、三九
貨物損害手當 、五九
裁判費 、七〇
雜費 八、五八
右小計 四〇、三四
總計 一〇〇、〇〇
然るに之に對比す可き英國同年度間の調査は
甲、建築の良否に依りて變す可き費目
百弗に付割合
弗
道路修繕費 一七、七〇
機關車費 二四、四〇
客車貨車修繕費 八、四〇
右小計 五〇、五〇
乙、軌條の良否に依りて變ぜざる費目
同上
弗
旅客貨物〓〓費 三〇、〇〇
ゥ税費 七、四〇
死傷手當 、七〇
貨物損害手當 、六〇
裁判費 、九〇
雜費 九、九〇
右小計 四九、五〇
右總計 一〇〇、〇〇
右の表を見るに建築の良否に依りて變ず可き營業の費目は米國鐵道の英國より不廉なること
第一 英國八十年度の調査百分の五零、五零と米國同年度同く五九、六六との差は 百分の九
第二 英國八十三年度の調査百分の五一、八と米國八十年度同く五九、六六との差は 百分の八
米國の鐵道は營業費(但し建築の良否に依りて變すべき費目のみを云ふ)に於て英國の鐵道より不廉なること百分の八の割合なりとして更に前段建築費營業費の關係より論ずるに米國の營業費は(一英里四千四百十弗に對して其百分の八の節儉を行はんが爲め一英里の建築費に十四萬零々五十一弗の大金を餘分に消費するは日本の如き貧國の經濟に不策なりと云ふの外なかる可し是れ我輩か日本の鐵道は其規模を米國に取るの必要を唱ふる所以にして其他尚ほ細目に渉りて意見なきに非ずと雖も本論の旨趣は日本に米國の鐵道を移し用ふると利uなりとする其大綱を擧ぐるに止まる者なれば此等は追て他日を期して再論する所ある可し(完)