「米國鐵道の費用」

last updated: 2014-04-02

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時事新報に掲載された「米國鐵道の費用」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米國鐵道の費用

 余は渡米以來學業の餘暇ペンシルヴエニア州費府に到りペンシルヴエニア鐵道會社取締役ウイスターモリス氏を訪い同鐵道會社事務の見習を許されたり爾來費府に留まること凡そ六箇月旅客貨物計算等の諸部を研究し終り左る七月中旬有名なる當地同鐵道會社の機關車及旅客車荷物車製造所に遊び專ら同事業練習中なり、當地は費府を距ること二百三十六英里海面を拔くこと凡そ一千英尺、アレガニー山脈中絶勝の地位を占め人口三萬にして此内同製造所に働く者五千人あり當府の大半は右鐵道會社に屬することなれば一切萬事鐵道の氣風を帶びざるなく門前の小僧は習はずして經を讀むの諺の如く靴磨く小僧も洗濯する老婆も善く鐵道の事を斷じて其利害得失を評する有樣なれば余の當地に在るや日尚ほ淺しと雖も爲めに得る所少なからず今や日本は鐵道の世の中となり關東の山、鎭西の水到る所線路の蜿蜒たるを見るの際、左に余の見聞の儘を記したるものも或は世に裨益する所あらんか但し■(つつみがまえ+「夕」)■(つつみがまえ+「夕」)の筆記、前後重複の廉もある可し大方の寛假を乞ふのみ

  千八百八十八年十月十日

  ペンシルヴエニア アルトナ府にて 福澤桃介

千八百八十四年一月一日の調べに世界中の鐵道總計里數は二十七萬五千五百英里此資本總額は二百二十八億五千萬弗にして平均一英里に付八萬三千弗なり之を各大陸に區別すれば左の如し

各大陸   里數(英里)      資本(弗)       一英里平均

亞米利加 一四〇、〇〇〇  八、四〇〇、〇〇〇、〇〇〇  六〇、〇〇〇

歐羅巴  一一四、〇〇〇 一五、一一〇、〇〇〇、〇〇〇 一一五、〇〇〇

亞細亞   一一、六〇〇    七七五、〇〇〇、〇〇〇  六六、〇〇〇

阿弗利加   三、四〇〇    二四〇、〇〇〇、〇〇〇  七〇、〇〇〇

濠太利    六、三〇〇    五二五、〇〇〇、〇〇〇  三〇、〇〇〇

右亞細亞、阿弗利加、濠太利の三洲は勞働者の賃金亞米利加歐羅巴に比して非常に廉なれども鐵道事業に不案内なる爲め高き給金を出して技師を他より聘せざるを得ずレール機關車等工事に入用なる諸道具も亦他より輸入せざる可からざれば割合に餘計の資本を要するも無理ならねど歐羅巴は勞働者の賃金亞米利加より廉なるのみならず鐵道に要する品も他國より輸入するに及ばざる次第なるに其一英里に要する資本の亞米利加に二倍するとは合點の行かぬ話にして之を各國に區別すれば益益此事實の不思議なるを見る可し

   千八百八十四年一月一日調査

 國名   里數(英里)    一英里平均(弗)

獨 逸   二二、三〇〇   一〇五、〇〇〇

英吉利   一八、六〇〇   二〇四、〇〇〇

露西亞   一五、七〇〇    八〇、〇〇〇

墺太利   一二、八〇〇   一〇五、〇〇〇

伊太利    五、九〇〇    九二、〇〇〇

西班牙    五、一〇〇    七八、〇〇〇

瑞 典    四、〇〇〇    三〇、〇〇〇

白耳義    二、六〇〇   一三二、〇〇〇

合衆國  一二〇、〇〇〇    六一、〇〇〇

右の表に據るに瑞典を除き其他は何れも合衆國より多くの資本を要し中にも獨逸は二倍に近く佛蘭西は二倍に越え西班牙の貧國すら尚ほ之に凌駕せり合衆國は鐵道布設費の最大部分を占むる勞力者の賃金に於て歐洲各國に比して二倍より四倍に達するのみならずアレガニー、ロツキー、シーラネヴアダ諸山の蜿蜒たるあり、ミスシツピー、ミツソリー諸川の漫漫たる之に架するに大橋梁を以てせざる可らざるあり到る所土地未だ開けずして工事容易ならざるに引替へ歐洲はアルプス山脈の圍繞する所を除きては概ね地勢平坦にして又工事の難を見ず加ふるに河海舟楫の便、道路運輸の利ありて布設に要する物品の運搬も容易なるに鐵道資本は却て彼れに少くして是れに多きは何ぞや或は曰く合衆國の鐵道會社は目前の利を謀りて永遠の益を見ず己れの懷中を温むるを知りて公衆の安危如何を顧みず成る可く費用を節■(にすい+「咸」)せんと欲して用ふるに粗木軟鐵を以てするが故に線路は堅固ならずして永久に保つ能はず汽車は速力遲くして重大の物を載する能はず然るに歐洲各鐵道會社は之に反し充分に資本を卸し出來るたけ線路を堅くし丈夫なるレールを用ふるが故に耐久、安全なるは勿論其速力も亦米國の比に非ずと、談一應尤なるが如くなれども余の所見は大に之に異なり事實英國ロンドン、ノルスウエスタルン、グレートノルザルン等二三の鐵道を除きては歐洲にて合衆國のペンシルヴエニヤ及びニユーヨーク諸鐵道に匹敵するものなきのみか汽車の速力も之に及ぶものあらざる由にて合衆國鐵道布設費の廉なるは數多の原因もある可しと雖も重もに米人の虚飾を去り實利を尚ぶの氣風と其鐵道事業に巧なるとに因るならん建國以來日尚ほ淺くして萬事未だ整頓せざるが故に喩へば珍器骨董以て室内を飾らんよりも先づ臺所の鍋釜を求むるの風にして芝を敷き花を植ゑて停車塲を裝飾せず軟鐵のレールを止めて鋼鐵のレールを用ふる抔即ち米人が些少の資本を以て完全なる鐵道を得る所以にして米國一英里六萬弗の鐵道は歐洲一英里二十萬弗の鐵道に比して其堅固劣る所なしと云ふ案ずるに歐洲は古來運輸の便に乏しからず地勢亦平坦にして馬車に宜しく河海亦平穩にして舟楫に適するが故に鐵道なしと雖も國を維持するに足る可けれど合衆國は土地廣漠にして道路惡しく鐵道なき時は國の運命を支ゆる能はず、必用は工夫の母と云へる譬への如く此天然の不利は却て米人の鐵道企業心を勵まし終に米人をして熟練なる鐵道技師たらしめたり橋梁を架しレールを布く等實に歐州人の及ぶ所に非ずして歐人二日の仕事も米人は一日にて成す可く即ち鐵道に要する資本額の少なき所以なりと云ふ日本の如き資本の豊かならざる國に在りては歐の美にして高價なるを學ばずして米の粗にして廉なるに傚はんこと余の信じて得策とする所なり