「橫濱の運命」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「橫濱の運命」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

橫濱の運命

明治十九年以來の紛耘にてさしも難件と世に聞えたる橫濱の共有物事件は此程和解濟みと

成りたるよし該市全體の爲めに我輩の一大白を擧げて祝する所なり今日に到り顧みて此紛

議の本を尋ぬれば同地の貿易商諸氏が當時商業の擴張を計り共同倉庫、商荷改斤所等を設

立する費途に充てんが爲め彼の共有財産を處分せんとせしより起りたるものにて詰り橫濱

繁昌の爲めに思ひ立ちたる事なりしに測らざりき橫合より故障起りて本町外十三箇町の市

民と貿易商との間に一大城壁を築き足掛け四年が其間交々生ずる紛議に苦められて一刻千

金の時を空ふするのみならず正味の金錢を遣ひ捨てたることも亦夥しく餘波延て謂ゆる地

主派と貿易商との烈しき軋轢となり橫濱の市會が紛擾の末、解散の不始末を全國の自治制

に魁したるも此事件大に與て力ある程なりと云ふ四年の歳月决して短からず此紛議なかり

せば其間に好き企ても種々ありしことならん喜ぶ可き成功も多く見しことならんに却て右

樣なる不幸のみ招きたりとは共有の財物、市民の便益を爲さずして却て貧乏神の訳を勤め

たるものと云ふ可し貿易商諸氏も本町外十三箇町の人々も今日に於て當初を顧み轉た一〓

の如き思ひあることならん斯る厄難も仲裁の盡力と雙方の讓合とに依りて和解の運となり

たる今日、我輩は之を祝すると共に先づ貿易商と地主派とに向て大に反省を乞はざるを得

ざるものあり

抑も自治の制度を我國に行ひしは實に近頃の事にして第一の貿易塲たる橫濱の如きは無言

の間に世人の大に注目する所なれば其市政の整否如何は全國に影響する所决して少なから

ず同市會等が是迄の不始末は今更云ふて甲斐なし來年になりて再び開會に至らば其時こそ

市政の整然として他の手本ともなるべき程のものある可しと尚ほ望を絶たざる者あれども

市中の民情今日の如くにては其保證甚だ易からず固より貿易商も地主派も胸底を叩けば孰

れも橫濱の幸福を思ふに外ならざれども其茲(玄+玄)に到りしは共有物事件のみならず

種々樣々の行掛りより自ら顧みるに遑あらざるが故にして其趣は家を思ふ兄弟が家の爲め

に爭して不和を生じたるに異ならず愚なるが如くなれども人情世界に珍しからぬ事にして

彼の條約改正に就き黨派の軋轢も其一例として見る可きのみ畢竟斯る不和は早晩必ず己れ

に返りて釋然たる可きものなれば我輩は其時節を待つと同時に亦必ずしも市民の無爲沈黙

のみを祈る者にあらず元來橫濱の貿易上商賣上の事に就てならば何程に競爭し如何樣に喧

嘩しても苦からず、利に當つては友に讓らず、商賣上の利益とあれば他人を排して自から

營むこそ商人の本色、商機の掛引なれば毫も咎るに足らざるのみか競爭喧嘩の甚だしきは

即ち橫濱繁榮の基として祝す可きなれども其爭論時に或は實を離れて空に入り商談變じて

政論と爲り又法論となり次第次第に實利の域に遠ざかるに從て次第次第に實利外の人を招

き遂には萬金の主人にして無一錢の學者に致され我れを忘れて共に空論に走り却て大切な

る商賣の利益を空ふするが如きは我輩の甚だ悦ばざる所なり橫濱の商人頴敏なりと雖も理

を説き法を談するに至りては其少小の教育に於て不得意なる所なれば漫に政理法律の新奇

を聞いて之に走るは取りも直さず自身の弱點を示すに異ならず既に此方に弱點あり他より

之に乘ずる者なからんと欲するも得べけんや即ち商賣の市を變じて政論の社會に化せんと

するの惡兆なれば貿易商の諸氏も眞に其字義の如く貿易商賣に從事して斷して岐路に走る

ことを止め人は人たり我れは我れたり我れは獨り我が路を行く可しとて先づ獨立の地位を

定め自から其身を重んじて又他を侮らず交際の道を君子にして政談法論の紅塵を避け以て

其身を眞成の商人たらしむるのみならず橫濱市をして日本全國商賣社會の標準たらしめん

こと我輩の切に冀望する所なり共有物の事件幸に落着したり今後該市の運命は一に貿易商

の心事如何に關するのみ