『回顧七十年』 その29

last updated: 2013-01-23

議員を除名される

懲罰事件は議会の内外を通じて、非常なる重大問題となった。 新聞紙は連日に亘り大文字をもって事件の成行きを記載せざるものなく、私の手元には全国各地より日々数十通の書面が到達するが、いずれも感謝と激励にあらざるものはない。 民政党内には除名反対論が強くして容易に党議を決定することができず、政府軍部は除名強行に傾いているが、その結果についてはひそかに憂慮するもののごとく、各方面ともほとんど行詰ってこれを打開する方法に苦しんでいる。

ここにおいて、これを解決するの途は、私をして自発的に議員を辞せしむるの一事あるのみであるから、民政党の知友らは言うにおよはず、その他各方面の人々から頻りに辞職勧告が押し寄せて来る。 されども私は自ら省みて辞職すべき何らの理由も発見しない。 私の演説は一言一句たりとも世の非難を受くべきものはない。 非難する者が間違っているのであるから、彼らが盲動を止めるべきである。 私は断乎としてあらゆる人々の勧告を拒絶した。 しかしてこの上宅に在りて多数の訪問者に接する面倒を避くるがために、熱海に赴き、富士屋に投宿した。 護衛か監視か二、三人の私服警官が来ている。 東京より新聞記者も来る。 五日の深更に岡崎夫人と妻が来た。 夫人は熱心に辞職を勧告すれども、女の考えは言うに足らない。

一両日中に事件も落着するから、六日朝帰宅した。 昨日午後より夜に亘り民政党代議士会において除名賛否激論の末ようやく除名に決したれども、反対派は心中服従しないようである。 かくして除名反対の委員は辞職して、賛成委員がこれに代り、本日の委員会において満場一致除名決議をなし、翌七日の本会に上程せられ、出席議員三百五名のうち政友会久原派牧野良三、名川侃市、芦田均、宮脇長吉、丸山弁三郎の五氏、民政党岡崎久次郎氏、第一議員倶楽部北浦圭太郎氏合せて七名は断然反対投票をなし、他は賛成投票をなし、ここに一か月有余の問題は終りを告げ、私は除名と宣告せられた。

しかし、除名の理由は何であるか議員にも国民にも分らない。 全く理由の示されない裁判であるが、さりとてこれを覆すべき途はなく、私は私の生命とも見るべき議席を剥奪せらるることとなった。 当初より覚悟していたから別に驚きはしないが、一片感慨に打たれざるを得ない。 しかし、長い眼で見ておれば自ら分かる。 衆議院は私を除名したれども、他日国民は衆議院を除名する時が必ず来るに相違ない。 一詩を作った。

  • 吾言即是万人声
  • 褒貶毀誉委世評
  • 語看百年青史上
  • 正邪曲直自分明

私の演説が、何故にかくのごとき大事件となったかについては、各人その考えが異なるに相違ないが、私の見るところによれば、大凡おおよそ次のごとき原因から来ているものである。

第一は、政府の無能である。 私の質問は支那事変処理に関する政府の所信を聴かんとするものであるから、総理大臣が直ちに起って逐一私の質問に答え、なおかつ質問の趣旨について、政府と所見の異なるものがあるならば堂々とこれを弁駁し、もって政府の態度を明らかにしたならば問題は起こらなかったのであるが、米内首相にその用意と気魄が欠けていたことである。

第二は、議長が速記録を削除したことである。このことは、裏面において、政府側および民政党幹部の策動に出でたるに相違ないが、議長としては独立の見識なき越権不当の処置である。 速記録の全部が公表せられたならば、国民はよく演説の全趣旨を理解して、懲罰反対の世論が高まったに相違ない。

第三は、政党の意気地なきことである。 近年各政党政派が軍部の勢力に圧倒せられて、これに抵抗するの気力なく、かえってこれに迎合し、その歓心を買わんとする醜態は実に言うに忍びない。 今回の問題に至りてはそのもっともはなはだしきものである。 私の演説は支那事変処理について政府の所信を議会を通して国民の前に闡明せしめんとする趣旨に出でたるものであって、国家の大局より見て何ら害あるものでないことは、演説の全部を熟読したるものならば何人も異議を挟むべき余地はないはずである。

しかるに軍部の中には、前年二・二六事件直後における私の粛軍演説についてなお含む者がある。 そのうえ事変処理については、一切を挙げて軍部の専断に属せしめ、国民に向って盲目的に無条件服従を強制せんとする意図があるから、問題とすべからざるものを問題として私を弾圧せんとする軍部の横暴に各党各派が恐怖し、かつ迎合して頭を下げたのである。 ことに民政党の町田総裁が近頃軍部との接近に心をくだき政権を夢みていることが、党員の自由意思を拘束して除名の党議を決せしめたる原因であって、実に笑うべき限りである。

かくのごとくにして憲法に保障せられたる議員の言論自由は、議員自らこれを抛棄し、議会の威信は全く地に墜ち、ひいては来たるべき政党崩壊に拍車をかけたることは是非もない次第である。 来年の総選挙までには一年二か月ある。 次の選挙には、捲土重来必ず最高点をもって当選し、軍部および除名派に一大痛棒を加えねばならぬ。

これより一年間、来年四月末の総選挙まで何をなして暮さんか。 何か有益なる仕事をなしたいと思えども別になすべきこともなく、大抵午前は在宅して読書または論説に筆を執り、正午より日本倶楽部に赴き、談話や囲碁に半日を費やし、夕刻帰宅することが日課のようになった。