『比較国会論』 その4

last updated: 2013-01-23

第三章 国会の組織

国会は上下両院を以て組織す、故に一院の意思は国会の意思にあらず、国会として意思を発表するには両院一致せざるべからず、 現今世界立憲国の最大多数は二院制を採用し一院制を採用せる国は頗る少数に過ぎず、即ち欧羅巴に於ては独逸連邦二十五州中の十九州の外に希臘及びモンテネグロあり、亜弗利加に於てはオレンヂ自由国あり、中央亜米利加に於てはホンジュラスコスタリカ及びグアテマラの三国あるのみ、 此の如く頗る少数を除いて其他の各国は何れも二院制を採用せるを以て、二院制は現今の議院制度に於て殆んど動すべからざる定則と為れども、 国会発達の沿革を考うるときは、国会は決して二院を以て起りたるにあらずして其初めは一院なりしことは疑うべからず、 而して二院制の起原は英国にありて現今各国の制度は皆英国に模倣したるものなり、 英国の国会は元と貴族及び僧侶の二分子より成立せしが、ヘンリー三世専横の政を施したるより内乱を惹起し、千二百六十四年革命軍はレウエスの一戦に於て王軍を破り、翌年一月二十日革命党の首領シモン、デ、モントフォートは倫敦に於て国会を招集せしが、此国会は彼が名を冠してシモン、デ、モントフォートの国会と称し、英国の国会史上確かに一新紀元を開きたるものなり、 而して此国会は従来の貴族及び僧侶の外に各県及び各市より二名ずつの代表者を選出し、此等の議員を一国として組織せしものにして、平民の代表者国会議場に現われたるは実に此時を以て始めと為す之と同時に国会は貴族的性質を変じて貴族、僧侶、平民の混合団体と為り、此等三種の分子は一院に集りて共に国事を議論するに至れり、 然れども当時の国会は此等の分子より成立したるに止り形式上に於ては尚お一院にして二院にあらざりし、其内の平民的分子が分れて別に一院を組織し、庶民院コンモンズハウスなる名称を以て現れたるは遠く降て千三百三十三年エドワード三世の治世に在りとす、 然れども是れ啻に其形態を変更したるのみにして其実質はモントフォートの国会に於て発生せしものなるが故に、英国下院の起原は千三百三十三年にあらずして千二百六十五年なりと云わざるべからず、 爾来数百年の間政治社会には幾多の変動ありたるに拘わらず、二院制度は牢乎として動くことなく益々其基礎を鞏固にし、 十八世紀の末より十九世紀の中葉に至るまで欧米各国に建設せられたる国会は何れも此制度を採用せざるものなく、 今日に於ては代議政治に普通なる制度として一般に認めらるるに至れり、而して之れ実に政治社会に起れる根拠なき偶然の現象にあらずして国家の目的を達するに於て必要なる道理の存するものあればなり。

抑も国家は法学上に於ては人格を有し、政治学上及び社会学上に於ては有機体なりと称せらるると雖も、何れにするも一個の意思を有し自己の目的を達せしが為めに其意思を実行するものなることは争うべからざる定説と為れり、 然れども国家は人類其他の動物の如く独立の形体を備うる生物にあらざるが故に、生物の有する意思を以て国家の意思を論ずること能わず、国家は一定の土地の上に生存する人類を以て組織せられたる無形の団体なるが後に、生物の如く自然上の意思を有せず、是に於てか何れの国家と雖ども其意思を作成するが為めに一定の機関を有せざるべからず、 其機関は言うまでもなく人類を以て組織せらるるものなるが故に、機関たる人類が機関として有する意思は即ち国家の意思にして国家の意思は即ち機関の意思なり、 是れ恰も会社の意思は役員に依りて作成せられ、役員の意思は即ち会社の意思と為りて現わるると其理に於て毫も異なるなし、 然り而して国家の意思は如何なる機関に依て作成せらるべきや、換言すれば如何なる人を以て国家の意思機関と為すときは国家の目的に添うべき真正なる意思を作成することを得べきや、 是れ政体論の因て生ずる所以にして、単独なる一人を以て国家の意思機関と為すは即ち独裁政治なり、 然れども国家の進歩が或る程度に達したるときは不完全なる人類は独力を以て真正なる国家意思を作成する能わざること無数の経験に依て証明せらるるに至り、 此欠点を補わんが為めに起りたるものは即ち非独裁政治なり、非独裁政治は社会の情態に依て一時貴族政治と為りて現るることありと雖ども、貴族政治は貴族なる少数者の意思を持って国家の意思と為すものなるが故に到底完全なる国家意思を作ること能わざるは独裁政治と相离ること遠からず、 是に於てか貴族政治は早晩変じて(注1)国民政治と為らずんば止まざるなり、国民政治の理想は国民全体の意思を以て国家意思を作るにあれども人類の増加と文化の程度其他幾多の社会的事情は到底此の如き理想を現実にすることを許さざるが故に国民政治は如何なる場合に於ても代議政治と為りて現れざるべからず、是れ現今尤も進歩したりと称する政治社会の情態なり。

代議政治の趣旨は一方に於ては国民全体の意思を持って国家の意思と為し、他方に於ては尤も適当なる方法を以て其意思を発表せしむるにあり、 第一の目的を達するが為めには社会の有らゆる方面より代表者を出さざるべからず、第二の目的を達するが為めには代表者の意思を調和するに尤も適当したる機関を設置せざるべからず、 二院制は実に此二個の目的を達する必要上より起りたる制度にして代議政治の本旨と離るべからざる関係を有するものなり、 更に之を詳説せんに、凡そ何れの国家も其内に種々の分子を包含し、其分子は各自特殊の利益を有す、各自特殊の利益を有するは即ち其間に利益の衝突を来す所以にして此等の利益を適当に調和したるものにあらざれば真正なる国家の意思と云うことを得ず、 然れども此等の利益を調和せんが為めに各自の利益を代表する数多の独立機関を設くることは事実に於て不能の事なるのみならず、 数多の独立機関の存在するは決して其調和を計る所以にあらざるが故に、一方に於ては各自の利益を代表せしむると共に、他方に於ては或る程度までは圧制の手段を以て之が調和を計らざるべからず、 此の如くにして始めて国家の目的に添うべき国家意思を作ることを得べし、 現今世界各国の情態を観察するときは多数の国家に於ては矛盾せる二大主義の存在することを見るべし、即ち貴族制度を認むる国家に於ては貴族主義と平民主義と衝突し、 連邦国家に於ては連邦主義と国民主権との衝突を見る、英国及び日本の如きは前者に属し、合衆国、独逸及び瑞西の如きは後者に属す、 此の如き二大主義の衝突ある国家に於ては二院制は第一の理由としては此二主義を代表せしむるの方法として現われたるものなり、 故に英国及び日本の上院は貴族主義を代表し、下院は平民主義を代表し、合衆国、独逸及び瑞西の上院は連邦主義を代表し、下院は国民主義を代表することは此等各国に於ける両院の組織を見るときは容易に悟ることを得べし、 又仮令此等の理由なりとするも二院制は動かすべからざる他の理由の為めに保持せらるるものなり。

二院制は粗漏又は急激なる立法を防止するが為めに必要なりとは此制度を支持する普通の理由にして又決して真理を誤らざるものとす、 蓋し今日人類の知識及び道徳の程度は未だ単一なる集合体を以て国民の共同意識を解釈し、真正なる国家意思を作り得るまでには進歩せざるが故に、 一個の立法体を以て国家の意思機関とするときは或は不十分なる証拠に依て事実を認定し、或は感情の為めに騙られて偏頗なる意見を固執し、粗漏又は急激なる立法を為すに至るべし、 而して此等の欠点は二院制に於て全然補正することを得べきにあらざれども、 之を一院制に比するときは其欠点をして遙に少なからしむるに至るは疑うべからず、 蓋し二箇の立法体に於て審査したる事実及び決定したる意見は、一箇の立法体に於て為したるものより正確にして且つ公平なりと云うを得べく、二箇の立法体存在するときは其間に競争の行わるるは自然の勢なるが故に、 一団体は他の団体を刺激して互に其欠点を補正するに至るべし、 更に一歩を進めて論ずるときは二院制は立法部と行政部との平衡を維持し国家の秩序を保つが為めに必要なり、 蓋し立法部と行政部とは常に衝突を免れざるものなるが、此衝突は二院制に依て或る程度までは其勢力を和らげらるることを得べしと雖ども、 一院制なるときは極端に走るの傾向あり、 立法部は行政部をして自己の意思に従属せしめんとし、行政部は立法部を屈従せしめんと欲して、 其極端は行政部を破壊して無政府の情態に陥らしめ、或は武断的行政庁を出して専制政治の情態に帰らしむることあるは歴史の証明する所なり、 之を要するに二院制の支持せらるる理由は種々あり、又此制度は現今代議政治を行うに於て必要なる制度に相違なしと雖ども、飜て考うるときは二院制は今日人類の有する知識及び道徳の欠点を補わんが為めに起りたる制度なるを以て、 将来政治的智識及び政治道徳の発達と共に此制度は自然に廃滅に帰せざるを得ず、然れども此の如きは望んで得べからず、 人類は不完全の者なるが故に世に政治的制度起る、不完全なる人類に尤も適合する制度は即ち尤も善良なる制度なり、 若し人類にして完全なるものなるときは独り二院制の不要なるのみならず代議政治も独裁政治も世に政治制度なるものは全く存立するの根拠を失うに至るべし、 是れ実に黄金時代の夢にして今日攻学者の騙るべきことにあらず、余は是より進んで両院の組織に付て述る所あるべし。

脚注

(1)
原文では「議じて」と表記されている。