「福沢はどこにいるのか?―『時事新報』社説研究の総括」

last updated: 2021-09-05

このテキストについて

平山氏より「ある学会へ発表するので、その要旨をアップしてほしい」と の依頼がありましたので ここに掲示します。

発表要旨

2001年に始まる発表者の福沢諭吉健全期(1882~1898)『時事新報』社説の研究は、20年を経て完成しつつある。今回は本研究の全体像を、①福沢全集非収録社説のテキスト化と公開、②全集非収録社説からの福沢直筆社説の抽出、③法人時事新報社の立場と福沢の立場との異同、の三つの項目に分けて発表する。

福沢健全期とは、福沢が主宰していた新聞『時事新報』が創刊された1882年3月1日から、脳卒中発症直後の1898年9月30日までの期間5338号分をさす。掲載社説の総数は同日に複数編の掲載も含めて6000日分以上あると推測できる。

①福沢全集非収録社説のテキスト化と公開
発表者は2013年から2015年までの科研費「福沢健全期『時事新報』社説起草者判定」により、『時事新報』マイクロフィルムから全集非収録社説の写真撮影を行い、それらを外部の作業者に委託することでテキスト化した。2021年8月現在で全集収録済社説を除いた約3000日分がホームページ上に公開中である。
②全集非収録社説からの福沢直筆社説の抽出
テキスト化された全集非収録社説は語彙検索等が可能となっているため、井田メソッドにより語彙や文体を指標として執筆者を推定できる。その結果2019年9月現在で278編の推定福沢直筆社説を抽出した。その中でも発表者が特に重要と考えるのは、日本は将来キリスト教国となるであろうと予言する「日本教法の前途如何」(18840618)、植民地獲得に断固反対する「植民地の経略は無用なり」(18960105)、朝鮮の独立を強く支持する「朝鮮独立の根本を養ふ可し」(18980504)の3編である。これらが福沢作であると認められることにより、従来までの福沢像は大きく変更されると考えられる。
③法人時事新報社の立場と福沢との立場の異同
法人時事新報社と社主福沢諭吉の立場とは必ずしも同一ではない。とはいえ創刊からおおよそ10年までは、書簡等により福沢が社説を指導していたことは確認されている。1893年以降については、石河幹明著『福沢諭吉伝』(1932)を根拠として、脳卒中の発作まで福沢が社説を統裁していたとする多数説と、伊藤欣亮総編集を介しての間接指導から、次男福沢捨次郎の社長就任にともなう1896年以降の石河の発言力強化を重視する、主として発表者を中心とする少数説がある。

井田メソッドの信憑性を直接に証明することは困難である。そこで2019年以降は全社説を主題別に分類して、各主題毎の全集への収録状況による分析を行っている。すなわち、キリスト教論興業論交通論については健全期を通してほぼ均一に採られているのに、清国論朝鮮論陸軍論海軍論移民論については、福沢指導下の1886年から1892年までの間の社説がほとんど採録されていない一方で、1896年以降については高頻度で採られているのである。これらの主題に関し現行版全集の「時事新報論集」において福沢の立場が正しく反映されているかどうかには疑問がある。