福沢健全期『時事新報』社説における朝鮮

last updated: 2019-10-22

このテキストについて

平山氏の依頼により奈良県天理市天理大学で開催された「韓国日本近代学会第40回国際学術大会」(10月19日)での資料と音声をアップロードします。

この発表について、平山氏より次のようなメールが届いています。

この発表について、まず討論者の釜山東義大学校の藤野真挙専任講師より次のような質問がありました。すなわち、『福沢社説の抽出について、福沢語彙3つを基準とする根拠を知りたい。また、福沢は朝鮮の独立を支持していたというが、基本は借款により相手を縛るものであって、日本の利益を図るのが目的ではないか』というのです。

その答えは『福沢草稿残存社説106編を調べると、平均して福沢語彙を1.5語含んでいる。1つも含んでいないのは1編だけで、それは故意に文体を隠したものである。基本は福沢社説ならば福沢語彙を含んでいるので、3つ含めば純度は高いと考えている。また、借款を縛りとする外交もまた帝国主義とする考えには同意できない。発表者の判断の基準はあくまで相手国の主権を奪うかどうかで、福沢は一貫して併合には反対していた』というものです。

ついで、法政大学の牧野英二名誉教授より次のような質問がありました。すなわち、『手間隙をかけて多くの社説をテキスト化したことの労力は認めるが、福沢社説の抽出についてはやはり疑問が残る。石河幹明の社説選択の意図についても、他の考えもあるのではないか。たとえば少しでも疑問のある社説はあえて落としたとか。石河の作為をことさらに言うのはどうかと思う』というのです。

それには『福沢社説の抽出が完全ではないことは認める。ただ、石河の選別については、彼が故意に福沢真筆社説を落としていたことの証拠がある。結局石河を選ぶか発表者を選ぶかは研究者の判断による』とお答えしました。

資料

① 「脱亜論」が有名になったのは偶然である

自らが主宰する新聞『時事新報』(1882年3月1日創刊)で刻々変化していた朝鮮の状況を報じていた福沢諭吉(1835~1901)の作とされる社説に「脱亜論」(18850316、昭和版『続福沢全集』(1933、34)所収)がある。

以下でその全文を紹介する。

脱亞論(18850316)〔推定福沢諭吉起筆〕

世界交通の道便にして西洋文明の風東に漸し到る處草も木も此風に靡かざるはなし蓋し西洋の人物古今に大に異るに非ずと雖ども其擧動の古に遲鈍にして今に活潑なるは唯交通の利器を利用して勢に乘ずるが故のみ故に方今東洋に國するものゝ爲に謀るに此文明東漸の勢に激して之を防ぎ了る可きの覺悟あれば則ち可なりと雖ども苟も世界中の現狀を視察して事實に不可なるを知らん者は世と推し移りて共に文明の海に浮沈し共に文明の波を揚げて共に文明の苦樂を與にするの外ある可らざるなり文明は猶麻疹の流行の如し目下東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸して春暖と共に次第に蔓延する者の如し此時に當り此流行病の害を惡で此を防がんとするも果して其手段ある可きや我輩斷じて其術なきを證す有害一偏の流行病にても尙且其勢には激す可らず況や利害相伴ふて常に利益多き文明に於てをや啻に之を防がざるのみならず力めて其蔓延を助け國民をして早く其氣風に浴せしむるは智者の事なる可し西洋近時の文明が我日本に入りたるは嘉永の開國を發端として國民漸く其採る可きを知り漸次に活潑の氣風を催ふしたれども進步の道に橫はるに古風老大の政府なるものありて之を如何ともす可らず政府を保存せん歟、文明は決して入る可らず如何となれば近時の文明は日本の舊套と兩立す可らずして舊套を脫すれば同時に政府も亦廢滅す可ければなり、然ば則ち文明を防で其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き又幸に帝室の神聖尊嚴に依賴して斷じて舊政府を倒して新政府を立て國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り獨り日本の舊套を脫したるのみならず亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し主義とする所は唯脫亞の二字に在るのみ

我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脫して西洋の文明に移りたり然るに爰に不幸なるは近隣に國あり一を支那と云ひ一を朝鮮と云ふ此二國の人民も古來亞細亞流の政敎風俗に養はるゝこと我日本國民に異ならずと雖ども其人種の由來を殊にするか但しは同樣の政敎風俗中に居ながらも遺傳敎育の旨に同じからざる所のものある歟、日支韓三國相對し支と韓と相似るの狀は支韓の日に於けるよりも近くして此二國の者共は一身に就き又一國に關して改進の道を知らず交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして其古風舊慣に戀々するの情は百千年の古に異ならず此文明日新の活劇場に敎育の事を論ずれば儒敎主義と云ひ學校の敎旨は仁義禮智と稱し一より十に至るまで外見の虛飾のみを事として其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか道德さへ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め尙傲然として自省の念なき者の如し我輩を以て此二國を視れば今の文明東漸の風潮に際し迚も其獨立を維持するの道ある可らず幸にして其國中に志士の出現して先づ國事開進の手始めとして大に其政府を改革すること我維新の如き大擧を企て先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども若しも然らざるに於ては今より數年を出でずして亡國と爲り其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら支韓兩國は其傳染の天然に背き無理に之を避けんとして一室內に閉居し空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり輔車唇齒とは隣國相助くるの喩なれども今の支那朝鮮は我日本國のために一毫の援助と爲らざるのみならず西洋文明人の眼を以てすれば三國の地利相接するが爲に時に或は之を同一視し支韓を評するの價を以て我日本に命ずるの意味なきに非ず例へば支那朝鮮の政府が古風の専制にして法律の恃む可きものあらざれば西洋の人は日本も亦無法律の國かと疑ひ、支那朝鮮の士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば西洋の學者は日本も亦陰陽五行の國かと思ひ、支那人が卑屈にして恥を知らざれば日本人の義俠も之がために掩はれ、朝鮮國に人を刑するの慘酷なるあれば日本人も亦共に無情なるかと推量せらるゝが如き是等の事例を計れば枚擧に遑あらず之を喩へば比隣軒を並べたる一村一町內の者共が愚にして無法にして然かも殘忍無情なるときは稀に其町村內の一家人が正當の人事に注意するも他の醜に掩はれて堙沒するものに異ならず其影響の事實に現はれて間接に我外交上の故障を成すことは實に少々ならず我日本國の一大不幸と云ふ可し左れば今日の謀を爲すに我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず寧ろ其伍を脫して西洋の文明國と進退を共にし其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ惡友を親しむ者は共に惡名を免かる可らず我れは心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり

1951年の遠山茂樹による初紹介以降、1961年に竹内好により「有名である」とされてから、この社説は福沢の帝国主義的野心を示すものとされてきた。その後1981年の坂野潤治による甲申政変支援の敗北宣言とする新解釈をきっかけに、21世紀に入ってからはむしろ朝鮮への非介入への提言と理解されるようになった。 

同じ社説が一方で帝国主義的野心を示すものとされたり、また一方で非介入の提言とされたりするのは、ごく短い社説を、それだけのものとして解釈しようとするからである。福沢の朝鮮観を正確に理解するためには、彼の朝鮮への言及を網羅的にたどる必要がある。

② 福沢の朝鮮観の変遷は現行版『全集』の「時事新報論集」からでは追究困難

ところがここに問題がある。従来までの研究は現行版『全集』(1959~1964)に基づいて立論されてきたが、そのもとになっている昭和版『続全集』の「時事論集」は弟子の石河幹明が選んだもので、福沢没後の政治的現実と矛盾する社説は基本的に採録されていない。すなわち、韓国併合(1910)や満州事変(1931)の現実と異なる将来を予想している福沢存命期の社説は、たとえ福沢作の社説でも落とされていて、結果福沢の朝鮮観に関する研究に歪みを生じさせてきたのである。

現行版『全集』の絶大な権威のため、この問題の真相は明らかにされてこなかった。

③ 「『時事新報』社説・漫言一覧」と「デジタルで読む福澤諭吉」による研究の跳躍

現行版『全集』の「時事新報論集」への社説採録への全面的疑問を初めて表明したのは平山洋『福沢諭吉の真実』(2004)であった。その内容をかいつまんで言うと、事実上の編纂者である石河幹明は無署名である社説を福沢の関与如何によって行ったのではなく、満州事変直後、すなわち1930年代初頭の時代状況に適合的な社説を優先させて採録していたのである(そのため石河幹明著『福澤諭吉伝』〔1932〕と『続全集』〔1933、34〕以後、アジア侵略論者としての福沢という像が強調されるようになった)。

要するに現行版『全集』「時事新報論集」の社説採録はデタラメであり、それだけを読んだところで福沢の真意は分からないということである。

福沢の真意はどこにあるのか。それは『時事新報』バックナンバーの中にある、ということになるが、それらを読むのは容易ではなかった。縮刷版を所蔵している図書館は少なく、また目当てをつけるための総目録も存在しなかったからである。

この状況は2010年になって劇的に改善された。慶應義塾編『福澤諭吉事典』に「『時事新報』社説・漫言一覧」が掲載され、福沢存命期(1882~1901)社説の全タイトルと全集への採否が明らかになったのである。また、同時期にネット上で公開された「デジタルで読む福澤諭吉」(慶應義塾主宰)により、福沢名で刊行された全著作(ほぼ現行版『全集』第7巻まで)の語彙検索ができるようになった(このサイトは社説の真偽判定に役立つ)。

さらに2013年以降、平山を研究代表者とする科研費「福沢健全期『時事新報』社説起草者判定」の進捗により、全集未収録社説のテキスト化とネット上での公開が図られたため、従来まではまったく望み得なかった、全集に入っていない社説の語彙検索が可能となった。

④ 朝鮮関連全集未収録社説の発見

こうして発見されたのが「朝鮮変乱の禍源」(18850331)と「朝鮮国の独立」(18850402)である。いずれも「脱亜論」(18850316)の半月後の掲載である。

朝鮮變亂の禍源(18850331)〔推定福澤諭吉起筆〕

國あれば人あり人あれば其國の獨立を欲せざるものなし人類の習慣各國開闢の初より殆と人の性を成して復た變ず可らず左れば國民獨立の精神は必ずしも之を教るに及ばず其自然に放頓して自然に働く可きに似たれども其國の事情に由り或は一人若しくは數人の利害のために全國獨立の大義を餘處にするものなきに非ず歎きても尚餘りある次第なれども其人の有様に從て一身の利害を威すること非常に劇しきときは他を顧るに遑あらず終に其習慣性質をも矯めて大なる不義を行ふに至る者ならんのみ蓋し人の一身に就て利害の最も劇しきものを尋れば僥倖の得失より大なるはなし元來人の幸不幸は其人の才不才に準して差違なかる可き筈なるに世運の廻はり合せに因て才徳必ずしも幸福を得るの方便たらざるのみか時としては不才不徳にして大幸福に逢ふ者あり之を人間の僥倖と云ふ此僥倖は動もすれば政治社會に往來するものにして殊に東洋諸國專制政府の下には最も甚しく何かの手掛りにて一寸政府に權力を得るときは其權力が更に叉進て他の權力を占るの媒介と爲り最初は唯馬に跨りたるものが馬より船に乘り船より檣に登り檣より輕氣球に移り長風に駕して空中を馳せ下界を臨み觀て眼中都て物なし、揚々自得して他に爭ふ者どものなきの勢なれども退て其人の裏面に廻はりて實際の能力如何を吟味すれば驚くに堪たるもの多し僅に騎馬一=あるのみの人物にして曾て船に乘りたることもなく况して輕氣球の如き之を見たることさへなけれども唯一旦の機に授し勢より勢に乘して九天の青雲に=々たるものに過きざるなり斯る青雲の人物にして自ら其地位を守るの一念は何程に深切なる可きやと尋すれば身外の萬物之に易ふ可きものなしと答へて可らん終には人類の性に具へたる獨立の大義をも犠牲にして國權を辱かしめらるゝも之を忍び、獨立國の榮名を汚かすも之に堪え、堪忍に堪忍して一日の安寧を求め國家姑息の安寧と共に自家僥倖の安寧榮華を與にせんと欲して一國永遠の大計を誤りたるの事例は古今に珍しからず蓋し才徳の實力を以て得たる幸福は之を失ふも再び回復すること易しと雖ども偶然の僥倖は之を再すること甚た難し當局者に於ても自から心に之を悟り千載の一遇は唯一遇にして再遇なきを知るが故に之を守るの念深きも亦謂れなきに非ざるなり之を喩へば商賣の働もなき守錢奴が不圖投機を試みて勝利を得たるものに異ならず其勝利こそ千載の僥倖なれば本人に於ても僥倖の再期す可らざるを知りて更に投機を試みさるのみか尋常の商賣をも危険なりとして手を引き唯一向一心に謹愼して既に得たる財産を保護するのみにして曾て世の譏譽を顧みず如何なる不外聞をも堪忍して守錢の主義を改めざるの例は世上に往々聞見する所なり畢竟此守錢翁が商賣上の才能あれば斯く迄に頑固なる可き筈なしと雖ども僥倖の再す可らざるを知るが故に然るのみ左れば人事の活潑開進を妨るの原因一にして足らずと雖ども不才無能の人をして僥倖を得せしむるは其原因中の最も大なるものにして之を評して其人の僥倖、社會の不幸と云はざるを得ず近く朝鮮國の近况を以て之を例せんに彼の事大黨の一類が明治十五年大院君の乱に奇計を運らして支那人と諜し合ひ詒て君を支那の地に幽閉してより以後は朝鮮爲中国の屬邦の名義を改めて實勢と爲し益中國を恐れ益中國を尊崇して際限あることなきは世人の知る所ならん抑も一國の臣民として其國の獨立を欲するは前記の如く人類の天性至情にして彼の朝鮮の事大黨とて等しく是れ横目の民なれば獨立の愉快なるを知らざるの理なし、大國大なりと雖ども之に事ふるは心の欲する所に非ざるや明白なりと雖ども尚忍て事大の耻辱に堪ゆるは何ぞや唯この輩が僥倖に得たる地位を失はんことを恐るゝが故のみ朝鮮の政府素より專制にして其政府に地位を得るは必ずしも其人の才徳如何に由るに非ず或は偶然として貴顯の人に引かれ或は幸にして國王に知られ王妃に寵せらるゝ等のことあれば則ち官途に地位を成す而して此地位の貴重なる其人の爲には唯これあるのみにして所謂千載一遇これを失ふて再び得べからざるものなれば之を守るがためには何事をか忍はざらんや友朋を陷れ親戚を害するが如き尋常の事にして終には自國獨立の大義をも忘却し隣國に事へて尚これに甘んずるの極點に達したるものなり殊に閔氏の如きは唯外戚の餘光を藉りて一門擧げて貴顯榮華の地位を專にし身に一=なきも其姓=なれば則ち富貴これに從ふ、朝鮮國政治社會の僥倖は獨り閔家の一族に集りて他の顯官と稱する者も唯閔族の驥尾に就て勢力を保つのみ斯る事の形勢なれば閔氏のために謀るに國家一日の安寧より貴重なるものある可らず内治外交に論なく聊かにても政事上に變動あれば其動力は必ず多少に閔氏に波及せざるを得ず而して氏の一類の人物如何を問へば才なく叉能なし無才無能の人が政府重要の地位に居て政治の波動に逢ふ、即ち其人の僥倖を動搖せしむるものなれば其感覺の顯敏なる固より怪しむに足らざるなり盖し閔氏が大院君を攝政の位より排して自から權を專にしたるは既に十年に近しそ其間に黨類を團結して各家門の基礎を固くし一類恰も政府の中に籠城して威福を行ひ顧て政治上の成跡を見れば内治の改良を謀らざるは勿論、近年外交の次第に繁多に赴き動もすれば其國に文明侵入の兆を現はして自家々運のためには至極の惡兆なるが故に百方手を盡して其侵入を防かんとするの際に偶ま非文明主義とも名つく可き支那人に逢ふたることなれば、一も二もなく之に依頼して百事舊套のまゝに國家の安寧を保續し自家一日の僥倖榮華を偸まんとして國辱を忍び國權を忘れ終に獨立有志者の憤激を致して去年十二月の變乱にも及びたることなり今にしてこの變乱の事情を聞き其記事を見れば甚た入組たるが如くなれども片言以て之を斷するときは朝鮮政府の舊慣不才無能の人をして政治上に僥倖の地位を得せしむるもの其禍源たりと云はざるを得ざるなり

この「朝鮮変乱の禍源」は、発表者の基準(福沢語彙3語以上を含む)に照らすと、「成跡」「放頓」「入組」の3語彙を含むことにより福沢直筆とみなせる(平山洋「石河幹明入社前『時事新報』社説の起草者推定-明治 15 年 3 月から明治 18 年 3 月まで-」国際関係比較文化研究第 13 巻第 1 号後 1-17 頁〔2014 年 9 月〕参照)。また、「デジタルで読む福澤諭吉」で「禍源」「貴顯榮華」「驥尾」「舊套」「譏譽」を検索したところ、いずれも使用例があった。

「朝鮮変乱の禍源」の内容を項目化すると次のようになる。

(1)朝鮮の独立を支持する。

(2)人民の独立を求める心は自然の性で、これは金玉均ら独立党を追い出した事大党も同じである。

(3)にもかかわらず事大党員が清国追従を続けるのは、個人の出世のためである。

(4)旧習を踏襲するだけなので、無能な人間でもよく、そうした人々がポストを得て朝鮮政府に居座っている。

(5)そうした清国追従の無能な人々こそが朝鮮の混乱の原因である。

次に「脱亜論」の半月後に発表された「朝鮮国の独立」であるが、冒頭で「朝鮮変乱の禍源」の続編であることが示されている。

朝鮮國の獨立(18850402)〔推定中上川彦次郎起筆〕

我輩は前日の紙上に於て朝鮮の事大黨が國辱をも忍て自から他の屬邦たるを甘んずるは畢竟その當路者が貴顯の地位を僥倖してその僥倖を無理に守らんとするの熱心に出てたるものにして遂に昨年十二月變乱の禍根たりしとの次第を開陳したり(三月卅一日時事新報)然るに昨年の變乱たるや獨立黨の失敗たりとは雖とも是れは唯支那兵の干渉に由りて其黨の士人が終を善くせざりし迄のことなれとも事大黨の首領たる閔氏趙氏以下の六大臣は之が爲に其身を亡ひ爾來金宏集金允權魚允中の流が朝に立て事を執るものと爲りて政府の景況を察するに事大の空氣は却って變乱以前よりも稀薄に改まりたるものゝ如し蓋し金魚諸氏は本來自發の事大黨員には非ず唯時の勢に制せられて自家の筋を立るを得ず優柔不斷以て疎縁ながらも閔趙諸氏の驥尾に附したるまでの者にして既に彼の金朴の一類が政權を得たるときにも金宏集の如きは顯職に任せられたる程の次第なれば基本心より事大の主義に非ざるや明なり左ればにや變乱の後今日に至るまで支韓の關係に於て支那人は恰も戰爭の風を裝ひ武威を以て朝鮮國に跨むの勢いあれとも朝鮮人は唯其威に伏するのみにして其心に服するに非ざれば表面には事大の儀式を呈するも内治の内實に於ては勉て支那の干渉を免れんとして竊に不平を漏す者ありと云ふ今其實證として一例を擧れば三月十日閔泳翊の下人が誤て支那兵を傷けたるが如き其過誤は一時の過誤なるも之に由て泳翊の身の累を爲したる顛末を顧れば閔氏の獨流にして事大の外に身を立るの道なかる可しとまでに評せられたる其人に於てすら尚且支那人の償〓〓業には堪へずして獨立の正義に〓受したるを見る可し韓廷の氣風既に斯の如くなる其上に爰に又大院君の一類なるものあり君が朝鮮國の大權を挙盡して威嚇を行ふたるは世に謂れもなきことにして中是にして閔旗のために辨せられ又隨て明治十五年の乱に支那に幽囚の身と爲りたると雖とも前年の執政中間接に又直接に君の知遇を辱うし其〓〓を蒙りたるものは國内に尚萬を以て計るの數あり現に今日忠清全羅慶尚の三道にあるの所謂南人黨(即ち大院君黨)は八萬人に下らず此黨の者共は素より頑固至極の人物にして外國あるを知らざるのみか朝鮮國をも知らず唯各自の頭上に大院君あるのみを知て進退運動せしものなるが一朝にして基本尊たる無上の首領を失ひ扨之れを奪ひ去りたるは何ものなるぞと尋れば隣國の支那人なり又近來外國交際てふ新説を聞けば凡そ獨立國たるものは國の大小強弱に論なく各自主の權ありて他より來りて自國君主の父を捕へ去るが如き無禮無法は行はる可らざる筈なりと云へり左れば吾々が本尊視したる大院君の支那に幽閉せられたるは朝鮮國の獨立ならざるが故なり獨立は國民の精神勉強を以て成し得べし一國獨立して再び本尊を拜するの日ある可し苟も獨立の主義を執る人なれば誰れ彼れに論なく皆吾々の友なり政府獨立を欲するか吾れ之に從はん況や彼の金玉均朴泳孝徐光範徐載弼の一流が徹頭徹尾其主義を執て動かず獨立の二字のために身を犧牲にして其政權を握りたる日にも私の舊怨を忘れて公に大院君奉迎の事を建議したるが如きは公明正大大丈夫の事を行ふたる人物なり今是等の名士が一時賊名を蒙るも吾々心に於て決して之を忌まず寧ろ其尾に附して支那の羈軛を脱し以て吾が志を達せんとて熱心奔走する者甚た盛なりと云ふ

抑も去年十二月變乱の後朝鮮國は有名無實にして朝野の政權も人心も都て支那に包羈せられたるの勢を成し又其勢の事實に現はれたるものをも聞見したれとも是れは唯一時の假相のみにして僅二三箇月を經て國民全体の氣風を觀察すれば歴然として其内部に獨立心の發生を窺ひ見る可し蓋し朝鮮人も亦両國の人類にして一國の國民なり國民にして其國の獨立を欲するは殆と其天性とも名く可きものなれば今日朝鮮の事相は獨り朝鮮に限りて偶然に然るものに非らざるなり然ば則ち去年の禍乱は誠に變乱なりしと雖とも之に由て事大黨の首領を除くと共に事大の氣風をも一播し始めて國民獨立の精神を發動して基本色を現はすの端を開きたるは彼の國のために謀て轉禍爲福と稱す可きのみ但し古今朝鮮國に於て漸く發生を催ふしたるものは唯獨立の精神のみにして其獨立の手段に至ては今尚皆無なりと云はざるを得ず即ち國に富源ありて富實を見ず、兵士ありて兵器なし、政府ありて政法なし、文人ありて學士なし、復た如何ともす可らず竊に今後を案するに何れも事に着手するの初に於ては必ず外國の力を借用するの外なかる可し世界廣し富強國多し誰れか進て之に手を出すものぞ我輩は刮目して之を視る者なり

この「朝鮮国の独立」は発表者が指定した福沢語彙3つ以上含んではいないため、全文を福沢が書いたと断定することはできない。文体は中上川彦次郎主筆に似ている。あくまで推測だが、福沢自身が書いた「朝鮮変乱の禍源」を手本に、独立党・事大党とも異なる南人党(大院君党)の存在を明らかにすることで、朝鮮人の独立精神の独特な在り方を読者に知らせるよう中上川に指示したとも考えられる。

「朝鮮国の独立」の内容を項目化すると次のようになる。

(1)朝鮮の独立を支持する。

(2)事大党員の功名心が朝鮮変乱の原因であるのは「朝鮮変乱の禍源」に書いたとおりである。

(3)だが甲申政変で事大党有力6大臣が独立党により暗殺されてしまったため、現政権の中心人物は、金宏集・金允權・魚允中ら穏健派ともいうべき人々になっている。

(4)さらに南人党(大院君党)という頑迷な集団があるが、今回の政変後に清国が介入してきたのを見て、にわかに独立精神を発揮し始めた。

(5)清国により幽閉中の大院君については独立党も朝鮮独立の象徴として担ぐことを検討していた。

(6)今後大院君帰還運動を中心に再び独立運動が盛り上がる可能性があるが、何分朝鮮政府には軍事力も資金力もない。

(7)当面は外国の協力を得るよう務めることで将来の独立を実現することが望まれる。

ここで朝鮮の独立を支持する外国とは、まずは米国が想定されている。というのは、1885年4月現在では甲申政変の失敗により親日派独立党が壊滅してしまったため、日本が介入できる状況ではなくなっていたからである。

ところでこの、

朝鮮国の独立を支持する

という時事新報社説は現行版の『福沢諭吉全集』で未収録となっている。

それは何故なのか。未収録となった理由はおそらく、

日本による韓国併合という1932年の現実

と背馳するからである。

⓹ 福沢健全期(1882~1898)『時事新報』中の朝鮮関連社説

ここで『時事新報』中の朝鮮関連社説とは、同紙「時事新報」欄(社説欄と通称)に掲載された論説のうち、朝鮮(韓)に言及しているもの総てをさす。

『時事大勢論』(1882)から『実業論』(1893)までの単行本は「時事新報」欄に掲載されたので社説に属するが、『福翁百話』(1896)以降は特別欄掲載のため含まれない。

現行版『全集』収録分については第21巻所収の「福澤諭吉年譜」による。『時事新報』掲載社説のうち、「朝鮮」「韓」(または朝鮮の地名)が表題に使用されているものを採録した。全文検索は個人では不可能なので、全集収録済で「朝鮮」や「韓」が使用されている社説は他にも多数あると推測できる。全集未収録社説については平山洋のサイト「福沢健全期『時事新報』社説起草者判定」の語彙検索(朝鮮・韓)による。こちらは機械的に選別するので全部である。

社説はあくまで法人『時事新報』の見解であるから、すべてが福沢の個人的意見と完全に一致するわけではない。ただ1892年春までの社説は福沢の個人的意見とほぼ同じであるというのが発表者の見解であり、また学界の共通理解でもある。

朝鮮に言及している福沢の署名著作と併せてこれらの無署名社説を通覧すると、福沢(時事新報)の朝鮮観がどのようなものであったかが浮き彫りとなる。

福沢健全期(1882~1898)『時事新報』中朝鮮関連社説一覧

掲載年月日と社説題名全集収録状況使用地名1
朝鮮関連
使用地名2
中国関連
使用地名3
その他
18820309朝鮮国の変乱全集未収録朝鮮
18820311朝鮮の交際を論ず⑧28朝鮮
18820420花房公使赴任全集未収録
18820425朝鮮元山の変報⑧83朝鮮
18820508朝鮮國元山津の近況全集未収録朝鮮
18820512朝鮮政府へ要求す可し⑧96朝鮮
18820731朝鮮の変事(1)⑧243朝鮮
18820801朝鮮の変事(2)⑧247朝鮮
18820802朝鮮政略(1)⑧251 朝鮮
18820803朝鮮政略(2)⑧254朝鮮
18820804朝鮮政略(3)⑧256朝鮮
18820805朝鮮政略備考(1)⑧275朝鮮
18820807朝鮮事變続報全集未収録朝鮮
18820808朝鮮事変続報余論(1)⑧264朝鮮
18820809朝鮮事変続報余論(2)⑧267朝鮮
18820810朝鮮事変続報余論(3)⑧270朝鮮
18820811朝鮮政略備考(2)⑧277朝鮮
18820812朝鮮政略備考(3)⑧299朝鮮
18820814朝鮮政略備考(4)⑧282朝鮮
18820815大院君の政略(1)⑧285
18820816大院君の政略(2)⑧288
18820817人和論全集未収録
18820818出兵の要⑧290
18820819朝鮮の事に関して新聞紙を論ず⑧294朝鮮
18820821日支韓三国の関係(1)⑧296
18820822花房公使入京の電報全集未収録
18820823日支韓三国の関係(2)⑧298
18820824日支韓三国の関係(3)⑧301
18820825日支韓三国の関係(4)⑧303
18820826兵を用るは強大にして速なるを貴ぶ⑳240
18820828竹添大書記官歸京全集未収録
18820902偶感全集未収録
18820904朝鮮事件談判の結果⑧326朝鮮
18820905馬建忠大院君を以して帰る全集未収録
18820906朝鮮新約の実行⑧330朝鮮
18820907朝鮮交際の多事に処するの政略如何全集未収録朝鮮
18820908朝鮮の償金五十万円⑧334朝鮮
18820918朝鮮談判後急施を要するの件々全集未収録朝鮮
18820919支那政府の擧動全集未収録支那
18820920帝室費全集未収録
18820926不愉快なる地位全集未収録
18820927朝鮮滞在の兵員全集未収録朝鮮
18820928花房辨理公使朝鮮より歸る全集未収録朝鮮
18821002韓地死傷者の扶助全集未収録
18821020眞宗の運命久しからず全集未収録
18821100兵論⑤297
18821201日本支那の關係全集未収録支那日本
18821214朝鮮開國の先鞭者は誰そ全集未収録朝鮮
18821222朝鮮の獨立覺束なし全集未収録朝鮮
18821228政治社会の多事全集未収録
18830110参議長を置くの風説全集未収録
18830111牛場卓造君朝鮮に行く(1)⑧497朝鮮
18830112牛場卓造君朝鮮に行く(2)⑧500朝鮮
18830113牛場卓造君朝鮮に行く(3)⑧503朝鮮
18830117支那朝鮮の関係(1)⑧507朝鮮支那
18830118支那朝鮮の関係(2)⑧510朝鮮支那
18830119支那朝鮮の関係(3)⑧513朝鮮支那
18830313朝鮮国を如何すべきや⑧579朝鮮
18830314仁川の定期航海速に開かさる可らず全集未収録仁川
18830423永遠無窮人後に瞠若たらんとするか全集未収録
18830514支那人の朝鮮策略果して如何全集未収録支那
18830525支那果して東京を爭ふの決意あるか全集未収録支那
18830528日本人は果して朝鮮の誘導者たるか全集未収録朝鮮日本
18830601朝鮮政略の急は我資金を彼に移用するに在り⑨5朝鮮
18830602日本の資本を朝鮮に移用するも危険あることなし⑨7朝鮮日本
18830605朝鮮国に資本を移用すれば我を利すること大なり⑨10朝鮮
18830706清佛の談判如何全集未収録
18830707仁川居留貿易商人の地位全集未収録仁川
18830710清佛の和戰如何全集未収録
18830809朝鮮開國の名譽米國人に歸せんとす全集未収録朝鮮米国
18830827支那の兩政党全集未収録支那
18830903支那は能く爲すことなきなり全集未収録支那
18830921朝鮮政務監理の派遣如何全集未収録朝鮮
18831022安南朝鮮地を換へば如何なりしか⑨222朝鮮安南
18831023朝鮮國に於て日本人民貿易の規則並に税則全集未収録朝鮮日本
18831211朝鮮國との貿易手續全集未収録朝鮮
18831220英獨両國の朝鮮條約は我日本人民に何等の關係あるか全集未収録朝鮮英独日本
18840407帝国支那政府是より將さに多事ならんとす全集未収録支那
18840408公使皆其任に在らず全集未収録
18840414支那政府軍機大臣の更迭全集未収録支那
18840422眼を朝鮮に注ぐべし⑨466朝鮮
18840509支那政府の更迭並に安南事件全集未収録支那安南
18840510仏国公使将に北京に入らんとす全集未収録北京仏国
18840516仏蘭西支那両国間の和約成る全集未収録支那仏蘭西
18840623英韓条約は日本人に直接の関係あり全集未収録英日本
18840624朝鮮人は英韓条約を何と心得るや全集未収録朝鮮
18840818〓〓正に極まる・2815字全集未収録
18840820支那國の運命全集未収録支那
18840825我國の局外中立全集未収録
18841018東隣の大統領全集未収録
18841210朝鮮の貿易全集未収録朝鮮
18841215朝鮮事変⑩137朝鮮
18841216何は差し置き保護せざるべからず全集未収録
18841217朝鮮国に日本党なし⑩141朝鮮日本
18841222朝鮮革命政府の計畫全集未収録朝鮮
18841223朝鮮事変の処分法⑩147朝鮮
18841225人に敬畏せられざれば國重からず全集未収録
18841229榮辱の决する所此一擧に在り全集未収録
18850105談判は有形の實物を以て結了すること緊要なり全集未収録
18850106和戰共に支那を侮る可らず全集未収録支那
18850107日本を誣ひ日本を瞞着す全集未収録日本
18850109國交際に外陪臣あるの筈なし全集未収録
18850110二度の朝鮮事變全集未収録朝鮮
18850112日本男兒は人に倚りて事を爲さず全集未収録日本
18850113朝鮮丈は片付きたり⑩187朝鮮
18850116支那の暴兵は片時も朝鮮の地に留む可らず全集未収録朝鮮支那
18850123京城駐在日支の兵は如何す可きや全集未収録京城日本
18850127天下の大勢全集未収録
18850128主戰非戰の別全集未収録
18850130外交政治社會の日月全集未収録
18850202國權擴張は政府の基礎たり全集未収録
18850203フウト公使來る全集未収録
18850204支那との談判全集未収録支那
18850209日清事件と佛清事件全集未収録仏日
18850210在京城支那兵の撤回全集未収録京城支那
18850211正當防禦怠るべからす全集未収録
18850212日本を知らざるの罪なり全集未収録日本
18850213朝鮮に行く日本公使の人撰全集未収録朝鮮日本
18850214未だ安心す可からす全集未収録
18850216朝鮮使節來る全集未収録朝鮮
18850217支那談判に付き文明諸國人は必ず我意見を賛成す可し全集未収録支那
18850221留めんか遣らんか全集未収録
18850223朝鮮独立党の処刑(1)⑩221朝鮮
18850224遣清大使全集未収録
18850225北京の談判全集未収録北京
18850226朝鮮独立党の処刑(2)⑩224朝鮮
18850228要求の程度は害辱の量に準ず全集未収録
18850303外交事情報道の必要・全集未収録
18850304京城の支那兵は如何して引く可きや全集未収録京城支那
18850307條約改正と北京の談判全集未収録北京
18850310日清談判、英國の喜憂全集未収録英国日
18850313不換紙幣全集未収録
18850316脱亜論⑩238
18850319朝鮮國全集未収録朝鮮
18850321佛國未來の成算果して如何全集未収録仏国
18850324朝鮮の近状全集未収録朝鮮
18850331朝鮮變亂の禍源全集未収録朝鮮
18850402朝鮮國の獨立全集未収録朝鮮
18850403佛國内閣の更迭其影響如何全集未収録仏国
18850406佛國内閣の更迭全集未収録仏国
18850409ご發輦近きに在り全集未収録
18850410支那将官の罪全集未収録支那
18850411朝鮮国の始末も亦心配なる哉⑩253朝鮮
18850414英国と魯国全集未収録英国魯国
18850427此不景気を如何せん全集未収録
18850529獨逸國の着實極まるは如何ん全集未収録独逸
18850627巨文島に関する朝鮮政府の処置⑩312朝鮮巨文島
18850630九州までの鉄道全集未収録九州
18850722己れを知らざる者は危し全集未収録
18850813朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す⑩379朝鮮
18850825日本國の工藝全集未収録日本
18850829處世の覺悟全集未収録
18850924大院君の帰国⑩436
18851001井上角五郎氏再び朝鮮に赴かんとす全集未収録朝鮮
18851022開國雑居一日も遅疑すべからず全集未収録
18851030朝鮮の大院君帰国したり(1)⑩455朝鮮
18851031朝鮮の大院君帰国したり(2)⑩458朝鮮
18851113日本今日の外國交通は未だ十分ならず全集未収録日本
18851212支那人の擧動全集未収録支那
18851218朝鮮の多事⑩497朝鮮
18851219朝鮮の事⑩499朝鮮
18860106朝鮮国小なるも日本との関係は小ならず全集未収録朝鮮
18860107敵は国外に在り全集未収録
18860114請ふ其次を聞かん全集未収録
18860121支那人の英斷全集未収録支那
18860225山縣伯沖繩縣に出張す全集未収録沖縄
18860306朝鮮事情全集未収録朝鮮
18860731去就進退を決すべし全集未収録
18860804日本酒税全集未収録日本
18860811金玉均氏⑪79
18860823目下新聞紙の記事論説は如何して可ならん全集未収録
18860825小笠原島の金玉均氏⑪88
18860827支那外交官に一言全集未収録支那
18860901支那人の活溌なるは文明の利器に由るものなり全集未収録支那
18860904政策二つ進むと退くとのみ全集未収録
18860908朝鮮の國難は日本の國難なり全集未収録朝鮮日本
18860909直に釜山京城間の電線を架設せしむ可し全集未収録釜山京城
18860910朝鮮の内憂は日清兩國の福に非ず全集未収録朝鮮
18860917太平洋電線は小笠原島を經るを要す全集未収録小笠原
18860924露國の攻略全集未収録露国
18861006朝鮮人の小計略は日本人の患なり全集未収録朝鮮日本
18861015外交の輕重は實利に在て存す全集未収録
18861019支那の交際亦難い哉全集未収録支那
18861103相塲の陋風は一掃す可し商賣社會の安寧は重んぜざる可らず全集未収録
18861222日本人と支那人全集未収録支那日本
18861223獨逸の東洋政略如何全集未収録独逸
18870106朝鮮は日本の藩屏なり⑪175朝鮮日本
18870129巨文島抛棄の事如何全集未収録巨文島
18870203長崎事件、支那の外交官に告ぐ全集未収録支那長崎
18870512養蠶論全集未収録
18870525閔泳翊氏復た朝鮮に歸り來らんとす全集未収録朝鮮
18870924支那朝鮮の外國交際全集未収録朝鮮支那
18880127米價論全集未収録
18880402名を好むの熱慾を節す可し全集未収録
18880529肥料論全集未収録
18881123在外公館の數全集未収録
18881214東洋問題全集未収録
18881217東洋問題(一昨日の續)全集未収録
18890107朝鮮の獨立全集未収録朝鮮
18890522巴奈馬地峽開鑿工事の中止を憾む全集未収録巴奈馬
18891216國帽の説全集未収録
18900212朝鮮の防穀事件全集未収録朝鮮
18900513商業上の國是、英吉利の事例全集未収録英吉利
18900604朝鮮近海不穩の風説全集未収録朝鮮
18900916鐵道攻略一新を期す可し全集未収録
18910322露國皇太子の來遊全集未収録露国
18910329朝鮮國王の廢立全集未収録朝鮮
18910927朝鮮の警鐘を敏捷ならしむ可し⑬195朝鮮
18910930海軍士官養成に就て全集未収録
18911128鐵道買上全集未収録
18920624朝鮮の変乱⑬400朝鮮
18920712决して安んず可らず全集未収録
18920714避暑旅行全集未収録
18920715北海道の漫遊全集未収録北海道
18920719一大英断を要す(1)⑬412
18920720一大英断を要す(2)⑬415
18920825朝鮮政略は他国と共にす可らず⑬463朝鮮
18920925多を望まず全集未収録
18921215朝鮮國紙幣の發行全集未収録朝鮮
18930418朝鮮の政情⑭29朝鮮
18930419閔族の地位⑭31
18930517防穀事件の談判⑭51
18930518防穀の談判急にす可し⑭54
18930519談判の結局如何⑭56
18930520両国民相接するの機会を開く可し⑭59
18930523朝鮮談判、大石公使の挙動⑭61朝鮮
18930604朝鮮の近情⑭66朝鮮
18930608大に對韓の手段を定む可し全集未収録
18930815清韓居留民を安からしむ可し全集未収録
18930823方今の對外思想全集未収録
18930827御巡幸の屡ばならんことを祈る全集未収録
18930910多策却似總無策全集未収録
18940209進取と平和全集未収録
18940330金玉均氏⑭330
18940413金玉均暗殺に付き清韓政府の処置⑭339清国
18940419韓人の治安妨害⑭347
18940426一刀兩斷、事の結末を告ぐ可し全集未収録
18940427感情を一掃す可し全集未収録
18940530朝鮮東学党の騒動に就て⑭386朝鮮
18940607新聞記事取締の注意全集未収録
18940608朝鮮事件と山陽鉄道⑭395朝鮮
18940610朝鮮の独立と所属と⑭399朝鮮
18940612京城釜山間の通信を自由ならしむ可し⑭402京城釜山
18940616韓廷の策略に誤らるること勿れ全集未収録
18940617朝鮮の文明事業を助長せしむ可し⑭410朝鮮
18940623我兵の操練に就き全集未収録
18940624支那兵増發の目的如何全集未収録支那
18940626彼れ果して何を爲さんとするか全集未収録
18940627朝鮮問題の關係廣し全集未収録朝鮮
18940628支那人の心算齟齬せざるや否や全集未収録支那
18940630速に韓廷と相談を遂ぐ可し⑭430
18940701釜山京城閒の鐵道速に着手す可し全集未収録釜山京城
18940704兵力を用るの必要⑭434
18940705土地は併呑す可らず国事は改革す可し⑭436
18940706改革の着手は猶予す可らず⑭439
18940711在韓軍人の糧食に就き全集未収録
18940712朝鮮の改革は支那人と共にするを得ず⑭451朝鮮支那
18940713朝鮮の改革掛念す可きものあり⑭454朝鮮
18940715朝鮮改革の手段⑭460朝鮮
18940718故岩倉公の紀念に就て全集未収録
18940719袁世凱を退去せしむること容易ならず全集未収録
18940724支那朝鮮両国に向て直に戦を開く可し⑭479朝鮮支那
18940731平和を破る者は支那政府なり全集未収録支那
18940808日本人の天職全集未収録
18940822清國當局者の感如何全集未収録清国
18940907朝鮮の改革に因循す可らず⑭555朝鮮
18940912朝鮮の改革難全集未収録朝鮮
18940918平壌陥りたり⑭568平壌
18940920朝鮮の刑罰全集未収録朝鮮
18940929朝鮮の独立⑭580朝鮮
18941010文明の要素全集未収録
18941011有志の壮丁を使用す可し全集未収録
18941014井上伯の朝鮮行⑭597朝鮮
18941016井上伯の渡韓を送る⑭600
18941024朝鮮改革と井上伯全集未収録朝鮮
18941103朝鮮国の革新甚だ疑ふ可し⑭624朝鮮
18941106朝鮮の警察組織全集未収録朝鮮
18941108十數年來の戰勝全集未収録
18941109朝鮮政府は何が故に朴徐輩を疎外するや⑭631朝鮮
18941111朝鮮の改革⑭634朝鮮
18941120朝鮮の改革その機会に後るる勿れ⑭647朝鮮
18941121黄海戰評全集未収録黄海
18941123朝鮮国の弊事(1)⑭649朝鮮
18941124朝鮮国の弊事(2)⑭651朝鮮
18941125旅順口の占領全集未収録旅順
18941128朝鮮国の弊事(3)⑭654朝鮮
18941207奴婢の事/内官の事全集未収録
18941208軍國の急務全集未収録
18941212朝鮮人の教育全集未収録朝鮮
18941218降伏を納めゝに必要の一事全集未収録
18941219旅順に海底電信を通す可し全集未収録旅順
18941221講和の覺悟如何全集未収録
18950101明治二十八年全集未収録
18950105朝鮮の改革に外国の意向を憚る勿れ⑮11朝鮮
18950106昨年中の帝國議會と將來の政策全集未収録
18950115朝鮮の公債は我政府之を貸附す可し⑮18朝鮮
18950122東洋の平和全集未収録
18950123戰勝、偶然ならず全集未収録
18950130貿易の好況全集未収録
18950210局外國の干渉全集未収録
18950216支那には敗算もなし全集未収録支那
18950226朝鮮國債に就て全集未収録朝鮮
18950313朝鮮の近況⑮98朝鮮
18950314朝鮮政府の改革全集未収録朝鮮
18950414戰爭の功績と外交の伎倆全集未収録
18950419外國干渉の説は無實なり全集未収録
18950501萬里の長城全集未収録
18950528外交の大方針を定む可し全集未収録
18950611東洋に於ける英露の軋轢全集未収録
18950613國民の感情全集未収録
18950614朝鮮問題⑮188朝鮮
18950626英政府の更迭全集未収録
18950705朝鮮の独立ますます扶植す可し⑮218朝鮮
18950713在韓日本人の取締を厳にす可し⑮230
18950714朝鮮の処分如何⑮232朝鮮
18950717市内の電氣鐵道全集未収録
18950719朝鮮人を教育風化す可し⑮237朝鮮
18950914軍備擴張の眞意全集未収録
18950917去年今日全集未収録
18950918朝鮮の商賣に注意す可し全集未収録朝鮮
18951011世界周航全集未収録
18951023朝鮮の独立⑮312朝鮮
18951026三浦公使等の處分全集未収録
18951029對韓貿易全集未収録
18951105變後の朝鮮全集未収録朝鮮
18951109私權の保護全集未収録
18951112責任論全集未収録
18951113辭職勸告全集未収録
18951120當局者の心事全集未収録
18951126總理大臣の進退全集未収録
18951128朝鮮の近事⑮324朝鮮
18951207二十八日の京城事変⑮332京城
18951213中途にして面倒を他に分つ可らず全集未収録
18951221土耳古に交る可し全集未収録土耳古
18960112米國の新勢力全集未収録米国
18960122半嶋問題と大陸問題全集未収録
18960123朝鮮政府に金を貸す可し⑮367朝鮮
18960201政府の精神果して如何全集未収録
18960206航海奬勵法案全集未収録
18960214京城の事変⑮377京城
18960215朝鮮政府の転覆⑮379朝鮮
18960216議會に望む全集未収録
18960220朝鮮新政府の前途全集未収録朝鮮
18960226朝鮮事変の善後策⑮387朝鮮
18960227朝鮮平和の維持策⑮390朝鮮
18960301支那の運命全集未収録支那
18960303対朝鮮の目的⑮392朝鮮
18960307朝鮮の騒動を如何せん全集未収録朝鮮
18960327朝鮮國王と露國公使・朝鮮の暴徒を鎭壓す可し全集未収録朝鮮露国
18960402錬鐵業の計畫全集未収録
18960408朝鮮人自から考ふ可し全集未収録朝鮮
18960505一種の鎖國説全集未収録
18960509朝鮮に對する政策全集未収録朝鮮
18960605朝鮮駐在の守備隊全集未収録朝鮮
18960704外交向背の機會全集未収録
18960901米國の銀論全集未収録米国
18961027先づ朝鮮より始む可し全集未収録朝鮮
18961210武尊商卑全集未収録
18970103樂天主義全集未収録
18970107古風の人物を用ふ可らず全集未収録
18970226露清韓駐在公使全集未収録
18970411布哇移住民拒絶事件全集未収録布哇
18970425銀價下落と支那貿易全集未収録支那
18970428露兵傭聘の議に就て全集未収録
18970507伊藤博文氏の歐行・列國の去就・變死者の始末全集未収録
18971002臺灣の事急なり全集未収録台湾
18971125内政外交全集未収録
18971203國家の大事、元老の合同全集未収録
18971219日本の文明未だ誇るに足らず全集未収録日本
18971226露國の擧動全集未収録露国
18980106應急の用意全集未収録
18980107貨幣法實施の結果全集未収録
18980116膠州灣の割讓全集未収録膠州灣
18980301外交上の進退全集未収録
18980329政府の責任重し全集未収録
18980428對韓の方針⑯326
18980429對韓の方略⑯329
18980504朝鮮獨立の根本を養ふ可し全集未収録朝鮮
18980512京釜鐵道は朝鮮文明の先驅なり全集未収録朝鮮京釜
18980514朝鮮に銀行を設立す可し全集未収録朝鮮
18980515朝鮮移民に付き僧侶の奮発を望む⑯344朝鮮
18980521外資輸入の制限を解く可し全集未収録
18980531同盟と海軍・航海奬勵の一法全集未収録
18980706朝鮮沿海の漁業全集未収録朝鮮
18980910外交は如何全集未収録
18980917酒精並に外國酒の輸入全集未収録
18980928支那の政變に就て全集未収録支那

全集未収録注目社説

以下で注目される朝鮮関連社説を2編紹介する。いずれも初めて紹介される社説である。

18821222朝鮮の獨立覺束なし〔推定波多野承五郎起筆〕

支那朝鮮の關係は古來頗る密接なるものにして徃日に在ては兄弟之邦たりと云ひたることもありしが近古よりは朝鮮爲中國之屬邦と云へることとなりて韓人も自から之に甘んじ支那の正朝を奉して北京に朝貢し所謂事大の道を〓くして怠らざりき然るに明治八年京畿邊江華嶋に於て我雲揚艦を砲擊したるより事起り我政府が黒田井上兩辨理大臣を派して朝鮮に到らしめし日〓〓国の修好條規を締約するに至て自から名乗りて朝鮮は自主の獨立國たりと云ひ我も亦其獨立國たるを承認し世界万國の人も〓〓始めて朝鮮は獨立國にして支那の屬邦にあらずと云ふを知りたるなり此時よりして日韓の交際は日に益親密を加ふべき筈なるに我當局者は内事に忙はしくして外交を脩むるに〓あらざりしか或は油斷して隣國の交際に頓著せざりしか親密なるべき當交り親密ならず近かかるべき徃來却て遠く荏苒六七年を經過して明治十五年に及びたり此長日月の間には不充分なる兩國の交際ながらも我政府は時に或は韓廷に忠告して外國交際の必要を說き鎖國攘夷の國是を改めしめんとしたることなきにしもあらざりしと雖ども韓人の頑迷なる爭か〓か他人の忠告を聽くべき褒として充耳の如くなるを常としたり然るに本年三月に至り被〓者のためには不幸にして元山津安邊の事變起り韓人等無法にも我居留人民を殺傷したり當時我輩は此事變を輕忽視せず我政府は直ちに韓廷に向て嚴談に及び彼れをして自から鎖國の非を合点せしめんには日本人民は身を殺して仁を成すの實を得朝鮮人民は早きに及びて過ちを悔ひ咎てを重ねて禍を招くの不幸なかるべしと之を切望したりしにも拘はらす我當局者は全く我輩と意見を異にしたるにや依然として舊來の遲緩手段を改めざるものの如くなるの際我輩の豫言忽ち讖を成したる如く本年七月に至りて果して京城の變あり今回は我當局者も大に前日の靜なる林の如き擧動に反し活發果敢疾きこと風の如き所〓ありしを以て爾來日韓の交際は大に其面目を改め漸く親密の實を見るべき曙色があるが如し

支那政府は日韓の交際斯の如くなるを見て大に其妄念を逞くし日本は朝鮮を侵略するの意あり迚自から巳れを誣るのみならず之を朝鮮政府に證言し無勘辨の朝鮮人をして益其頑迷猜疑の念を固くせしめたるは不仁之より甚しきはなかるべし支那政府は單に朝鮮人を煽するのみにして足れりとなさす突然三千の陸兵を朝鮮に送りて京城の四門王宮等を警衛し理不盡に國王の生父大院君を執へて北京に致し朝鮮は内治外交其自主に任ずと云ひしにも抅はらず近來は公に私に殊更聲高に朝鮮爲中國之所屬と言觸らし朝鮮の政府人民に對しては勿論我日本政府にも屬邦朝鮮の始末は我中國其責に任すべしと迄に申出でしことありとか云へり支那政府をして長く此妄念を去ること能はざらしめば遂には自己疑心の暗鬼に呵責せられて妄りに暴戾を恣にし朝鮮をして内治外交其自主に任せしめては何時何樣の事を仕出し豺狼の日本人に侵〓の口實を與へ一擊して雞林八道を席卷せしむることあるやも知るべからず唇亡れば齒寒し朝鮮は中國東面の藩屛たり他人をして之に據らしむべからず自から之を領して早く倭人の倭寇に備へざるべからずなどとて自問自答忽ち朝鮮攻略を一決し大院君の例に傚ひて朝鮮國王を拘致し永く保定府に留めて再ひ國に還るを許さず自今朝鮮〓を〓して高麗省を被〓〓事と一片の布告を以て〓朝鮮國の組織を破壞し釜山元山津は申すに及はず苟も倭人の〓寇上〓に便なるべきの地は天津河口の警備に傚ひ大に〓〓を〓き水雷〓を沈め緊泊の軍艦は一警報の下に〓て日本の内海に乘入るべきの用意を爲すことあらんやも知る可らず朝鮮全國の不幸は勿論我日本人に取りても迷惑千万なる次第なりと雖ども今〓かに支那政府をして迷妄の念を解脱せしむべき方便もなければ止むを得ず其〓至て期して早く之が計を爲すの外なかるべし然るに此際に當りて我日本政府は何等の政畧を以て之に處せんとするや或は退守屈辱の政畧に決し京城の公使舘を引拂ひ護衞兵呼返し支那〓國の例に傚ひて朝鮮内地の旅行も見合せ釜山絶影〓上〓龍の〓影の下に日耳曼新製の「クルツプ」砲を裝〓したる砲臺の前を鞠躬如として出入し僅々たる牛皮〓〓の貿易を〓むを以て之に滿足せんか或は朝鮮人の義勇を贊助し支那政府に說きて其暴戾を止めしめ永く八道をして獨立王國たるの榮を失はず共に興に文明の德澤に浴して大に東洋の富强を謀らんとするか前者後者其一に決し平時一定の方向に從ひて大に用意する所なかるべからず安邊京城等の事變の如きは一たび其機を三月に失するとも再び之を七月に得るの珍例ありと雖ども高麗省設置の如きは之を再三〓〓〓性質のものにあらず朝鮮幷に日本の爲めに謀る者は〓く〓る〓あらんことを希望するなり

18980504朝鮮獨立の根本を養ふ可し〔推定福澤諭吉起筆〕

西洋の諸強國が各々支那の要地を占領したるは所謂東洋の均勢を破りたるものにして日本に於ても固より之に應ずるの策なかる可らず即ち過日來支那政府に交渉して福建を他國に讓らざること其他一二箇條を約せしめたるよしなれども我輩は一歩を進めて此際朝鮮の開發に盡力せんことを望む其次第は元來朝鮮の盛衰は日本の安危に一方ならぬ影響を及ぼすものなり若しも衰弱の極、自から倒るゝか或は他の強國に侵略せらるゝこともあらんには日本は恰も丸裸にて風雨に晒さるゝの姿と爲るに反して富強獨立を全うするに至れば貿易も繁昌して相共に利すると同時に互に藩塀と爲りて自から立國の易きを見る可し左れば半嶋王國を文明の門に導き以て其獨立を維持せしむるは日本年來の國是にして之が爲めに大に力を費したるは内外人の等しく認むる所にして第一に其鎖國を破て之を世界に紹介したるは日本にして次で支那の干渉を排せんが爲めに大戰爭を戰ひたる者も日本なり又戰爭の前後に於て人を派し金を貸すなど何くれとなく世話して獨立の實を得せしめんとしたる其苦勞は實に尋常一樣に非ず夫れ是れの結果にて日韓の關係は次第に密と爲り現に邦人の彼地に在留する者は萬を以て數ふるに至り貿易の如きも概ね日本の手に歸して他國は只その一小部分を占むるのみ朝鮮の運命に關して最大の權理を有する者は即ち日本なるを見る可し且つ諸強國が北支那の要地を占領したるは取も直さず遠き西洋の勢力を近く日本の面前に移したるものなれば此時に際して朝鮮の獨立を鞏固ならしむるは日本國人の責任にして單に隣國の爲めのみに非ず自から日本自衛の道なりと云ふ可し扨その方法は如何と云ふに

第一に京城釜山間の鐵道を敷設す可し此鐵道は豫て朝鮮政府の依頼に由り日本人の手を以て起工す可き約束なりしが爾来種々の事情に妨げられて遂に今日に至りしことなれば此際約束を履行するは我國に於て遁る可らざる所のものなり慶尚全羅忠清の三道は朝鮮の富源にして米の産出少なからず國の富豪は大抵此地方に住するよしなれば一朝京釜兩地の間に鐵道を通ずるに於ては双方の商賣は俄に活氣を催ほして恰も我東海道線と同樣の觀を呈す可し京釜線を我東海道線に比すれば京仁鐵道は即ち我京濱鐵道にして是亦前約に從ひ日本人の手を煩はすことゝして鐵道既に成りて交通の便を開くときは隨て内地の商况も面目を新にして〓て資本の必要を感ずるも自然の勢なれば彼の慣行に於て多年來日本の銀貨を用ふること幸なれ目下我國に餘る銀貨を貸して〓〓〓〓〓の〓も〓〓可し兎に角に朝鮮の全〓〓〓〓〓〓〓て猜疑の〓〓一〓し要は〓文明先進の人を入れ又その資本を入れて殖産の道を謀るに在るのみ彼の政法の組織の如き先進國人の眼を以てすれば一見堪へ難きものもなきに非ざれども百千年來の情實俄に除去す可きに非ざれば事に大害なき限りは姑く彼等の舊慣に任じて漸進自發の自由を得せしむるこそ智者の事なれ目下の利害に縁もなき事を云々して強ひて干渉を試るは我輩の取らざる所なり露國人が一時大に盡力して兵事に財政に樣々干渉を逞うして頓に手を収めたるが如き斷じて學ぶ可きに非ず我輩の本志は唯彼の憐む可き國民の心を開發して文明の門に入らしめ呼べば答へんと欲する兩岸相對して共に天與の幸福を與にせんとするに在るのみ一國の獨立富強は紙上の空論に非ず先だつものは國民の衣食にして衣食足りて士氣も振ふ可し國防も構ず可し我輩は朝鮮國を我日本の藩塀として共に東洋の安寧を謀らんとするの目的にして直に其政府に迫らず廣く國民に接して交際の基礎を固くせんと欲するものなり

⑥ まとめ

以下で本発表により明らかになったことを項目化する。

(1)福沢健全期の『時事新報』での朝鮮関連社説は確認できる分だけで400編弱ある。

これは全社説中のおおよそ1割にも相当する。同紙の朝鮮への関心はきわめて高かったと考えられる。

(2)全集への採録・非採録を問わず、日本による朝鮮の領有への志向を明確に示す社説は発見できなかった。「脱亜論」(18850316・推定福沢諭吉起筆)は清国と朝鮮への不介入を提唱している。全集未収録の「朝鮮独立の根本を養う可し」(18980504・推定福沢起筆)は、朝鮮政府に資金を貸与して鉄道建設を推進することにより独立の基礎とするべきだ、というもの。

(3)福沢は朝鮮の独立は早くから不可能だと考えていた、という一時までの定説は、石河幹明著『福澤諭吉伝』第三巻(1932)中の「朝鮮問題」編に由来する。しかしそこで下敷きにされている社説「対韓の方針」(18980428)には、より積極的な日本による介入が示唆されているだけである。しかも、その起筆者は石河自身であった可能性が高い。

(4)福沢が希望していたのは日本と同じ価値観を有する独立した朝鮮国であった。その独立朝鮮国と通商や軍事での協定を結ぶことにより、両者にとって利益のある外交関係が築けると考えていた。

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